第61話 あれ、確か寿々ちゃんってさー……

「しっかし、先輩ってつくづく災難な人間ですねー。先輩の背後にタチの悪い霊がいるんじゃないッスか?」

「縁起でもないことを言うなよ、水城」


 とは言え、あながち水城が言うことも外れてないだろうと思っていた。この災難を呼び寄せる体質はどうにかしてもらいたい。


「けどね、少し変だなーって思ってるんですよ? 俺の知ってる寿々ちゃんって、彼氏を欲しがるような子じゃなかったんだけどなー」

「……と言うと?」

「あの子極度のお姉ちゃんっ子で、男に興味がなかったんですよ。だから彼氏が出来て人が変わって、正直驚いたんですよねー」


 新たな情報にユウの中で何かを掴み始めた気がした。

 いや、だとしたら……。しかし思い込みで物事を進めるわけにはいかない。とりあえず荒牧さんの話を聞こうと二人はマンンションへと急いだ。



 ユウと水城がマンションに帰ってくると、シウ、瀬戸、荒牧がリビングで囲むように座っていた。その中で水城を見つけた荒牧が嫌そうな表情で顔を俯かせた。


「おい、寿々ちゃん! なんで君が永谷先輩の家にいるんだよ! ったく、もうなー……よりもシウちゃん! 今日も相変わらず可愛い、美しい!」


 シウへの挨拶は必要ないからさっさと話をして欲しいと、ユウは後頭部に軽めのチョップを入れた。大した痛みでもないのに大袈裟に痛がる水城をソファーに座らせて会話を始めた。


「えへへへー♡ まさかウチの寿々とシウちゃんが知り合いなんて、これも何かの縁かなー? どうせなら俺とも仲良くなって一緒にカフェとかご飯とか行こうねー?」

「おい、僕の前で堂々とナンパするのはやめてくれないか? それに水城が話すのは荒牧さん」


 状況によっては水城に二人を引き取ってもらって、今後のフォローをしてもらわなければならないので、しっかりと話を進めてほしい。


「っと、永谷先輩から聞いたんだけどー……寿々ちゃん、本当に妊娠してるの? 検査薬は何度試した?」

「そ、それは廉兄ちゃんに言う必要ある?」

「大事でしょ? そう言うと思って買ってきたから、ちょっと調べてきてくれない?」


 帰りにドラックストアに寄ったのはその為だったのかとユウは納得した。もしかしたら水城は妊娠の事実を疑っているのかもしれない。


「最近はフリマアプリでも陽性の検査薬が買えるからねー。だから検診されたくないし、DNA鑑定をしたくないんじゃないのー?」


 水城の言葉に一同は驚きを隠せなかった。

 根本から覆される事実……! あれだけ周りを引っ掻き回しておきながら、事実無根の虚言なら許し難いのだが?


「寿々、お前……まさか本当に」

「違う! 私はちゃんと妊娠してるから! その、でも……私は堕したくないの! 一人でもいいから育てる!」

「もう寿々ちゃーん。あのね、そんなに堕したくないならちゃんと説明しなって? 場合によっては俺も協力するからさー」


 ホラっと検査薬を渡され、寿々は渋々トイレへと向かった。残された瀬戸達の間に複雑な空気が漂った。妊娠していないなら、それに越したことはないが……。


「瀬戸くん、初めまして。寿々のイトコの水城廉と申します。えっと、君が父親第一候補?」

「せ、瀬戸です。この度は大事な娘さんを傷つけてしまって申し訳ございませんでした」


 瀬戸の微妙な言葉チョイスに、流石の水城も顔を顰めてユウに助けを求めてきた。


「俺は寿々ちゃんの親でもないし、そもそもハッキリと傷モノ扱いされるのは流石の俺も心外だなー。仮に寿々ちゃんの親に会うなら、言葉を選んで挨拶した方がいいよ?」


 瀬戸を見ていると水城がまともに見えると、ユウも苦笑をこぼしていた。


「ところで瀬戸くん。君は寿々ちゃんが妊娠していたら責任とるつもり? ぶっちゃけ俺は君には無理だと思うんだけど? 君って高校2年生だよね? 学校はどうする? 高校中退して子供を作った奴に世間はそんな優しくないよ?」

「お、俺は……育てるつもりです! それこそユウさんもシウさんを育て上げたと聞きました。ユウさんに出来たのであれば俺にも出来るはずです!」


 ———なんだろう、瀬戸くんに悪気がないのは分かっているんだけど、所々に嫌味を感じる。


「大して僕のことを知らないくせに、知ったような口を利かないでくれ」


 本当に彼は人をイライラさせる天才だなと、この数日で痛感した。こんな少年が父親になっても大丈夫なのだろうか? 子供が子供を育てるようで不安しか残らない。


「えー、無理でしょ? こう見えて永谷先輩は相当の苦労人だよ? それこそシウちゃんという美少女天使を育てるのにどれだけの苦労をしたと思ってるの? この人は全く遊ぶことなく、仕事をしたら直帰で帰宅。帰ってからも家事をこなすスーパー主夫。面白味もなくて人生オワコン。しかも人生で一番楽しかった青春時代を捧げてだよ? 若くで子供を出産して育てるっていうのはそういうこと。人が楽しく遊んでいる時に、君は泣き喚く赤ちゃんのオムツを替えるの。皆が楽しく恋愛してる横で疲れた奥さんの代わりにご飯を作って、皿を洗うの。寿々ちゃんよりも素敵な人が現れても、君は一生寿々ちゃんと子供を守らないといけないの。それが君の選んだ未来だからね? 本当にできる? 妙な正義感だけで言ってるならさっさと認めなって。誰も責めないよ、君が堕す選択をしても。そして周りの人間がそれを薦めるのは君を責めるためじゃなくて、君と寿々ちゃんの未来を心配して言っていることなんだ。だから瀬戸くんと寿々ちゃんがするのは、強がった選択じゃなくてお腹の子のことを思って手を合わせて悔やんであげることだ。君達の愚かな行為と未来のために犠牲なる赤ん坊のためにね」


 水城の言葉に、ユウもシウも黙り込んだ。とても茶化す雰囲気になれないほど、水城の言葉に納得と深みを覚えた。


「けど、俺……それでも生ませてあげて、寿々と一緒に育てたい」

「えー、この話をしても生むの? 頭おかしくない? ねぇ、永谷先輩ー、俺無理ー、こいつ猿だ」


 口を慎め、水城。せっかくの力説が台無しだ。


「私も生む、廉兄ちゃん。はい、これで証明できた? 私……ちゃんと妊娠してるから」


 渡された検査薬には2本のラインがくっきりと示されていた。これで嘘の可能性はガクンと下がり、真実味が増した。


「あと大成……。本当は中絶ができない頃まで引き延ばせればいいと思っていたんだけど、ごめんなさい。あなたはもう必要ないです」

「え、それってどう言う意味⁉︎」


 荒牧の言葉に鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。どう言う意味だ?


「この子は私一人で育てるので、皆さんにはもう放っておいて貰いたいです。すいません、お願いです。私からこの子を奪わないでください」


 床に手をついて誠意を示して頭を下げた荒牧に、もはや掛ける言葉が見つからず、水城ですら苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


・・・・・・・★


「———えぇー? 俺の力説……まるっと意味なし?」


 荒牧さんなりの心意があるのですが……明らかになるまで少しお時間を下さい。そして瀬戸くん、どんまい! 君にはやっぱり荷が重い。


 次の更新は06時45分を予定しております。

 続きが気になる方は、フォローをよろしくお願いいたします。

 次回は久々に甘い時間……! ひゃっぽーい!

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