第60話 ・・・★ 瀬戸の心境 【シウ視点】

「そりゃ、最初妊娠の話を聞いた時はふざけたことを言うんじゃねーよって……浮気しておいて何を言ってるんだろうって殴りたくなったよ?」


 シウと和佳子と瀬戸の三人で屋上に繋がる階段のところで話を始めた。

 荒牧が家出をしてから一緒にいる時間が長くなり、瀬戸達は二人について語る時間が増えたそうだ。お腹の子供のことやこれからのこと。そういう具体的な話をしていくうちに、瀬戸の心境にも変化が起きたと胸のうちを明かしてくれた。


「彼女は一人でも産むって頑ななんだ。けどDNA鑑定はしたくなくて調べるなら二人の認知はいらないって。けどそんな突き放されたら逆に気になるじゃん?」

「へぇー、寿々さんって瀬戸と一緒に育てたいって言ってるわけじゃないんだ」

「え、そうなの?」


 和佳子の言葉にシウもハッとした。なんだろう、ずっと頭の隅にあった違和感が浮き彫りになる。もしかしたら荒牧という人間の目論見を誤っていたのではないだろうか?


「それから根岸の言葉を聞いてカッとなってしまってしまったんだ。あんなにさ、軽々しく堕ろせとか言われるくらいなら、俺が父親になってもいいかなって思ったんだよね」


 またしても意外な発言にシウも和佳子も信じられないと耳を疑った。嘘でしょ? あの瀬戸が?

 優柔不断で流されやすい、お人好しで無計画な瀬戸が?


「ユウさんの話を聞いて……あの人って、ずっとシウのお母さんを支えてシウを育てたんだろう? シウって一見冷たそうに見えて優しいじゃん? あれってユウさんの影響だと思うんだよね。そう考えると親子って血の繋がりじゃないのかなって思ってさ。俺もちゃんと愛情持って育てたら、ユウさんのようになれるのかなって」

「瀬戸、あんた……!」


 瀬戸と荒牧の様子を見ていて事態の深刻さが伝わっていないと心配していたが、ユウという人間を見てもらえたのはシウも嬉しく思った。

 とはいえ、血縁関係を明らかにしないまま育てると決めたのは感心できない。認知して育てるのなら血筋はハッキリさせるべきだろう。


「いや、調べない方がいいのかもしれない。あの子は俺の子だと信じて、育てることにするよ」

「いや、瀬戸……、たとえ100%自分の子供だとしても高校生の妊娠出産は別問題だよ? 子供を産むっていうのはアンタ一人の問題じゃなくて、彼女さん、彼女さんの家族、瀬戸の家族って色んな人が絡んでくる問題なんだから!」

「でもまずは俺と彼女の気持ちだろう? 俺は決めた……! 寿々とお腹の赤ちゃんは俺が育てる!」


 意気込む瀬戸を和佳子が必死に説得していたが、そんな光景をシウは冷めた目で見ていた。


『現実を知らない人間が軽々しく言ってるな……。今は根岸の無責任な言葉が許せなくて怒ってるだけだよ。瀬戸、根岸の言う通り堕ろせるリセットの選択ができるなら、それを選ぶのが正解だよ』


 シウは胸に手を当てて、ポッカリ空いた虚しさを感じていた。


 ———一度空いてしまった虚しさは他の感情で埋めることはできるけど全部埋められない。これは最愛の人ユウでも埋まらなかった空虚だ。実の両親に与えられなかった愛は時間が経っても埋まらないものだ。


「瀬戸、アンタはさ……その苦しみを与えることなく愛し続ける自信はあるの? 中途半端な気持ちなら、やめておいた方がいいよ?」


 だがシウの言葉は二人には届かないまま掻き消された。


 ・・・・・・・★


「そもそも瀬戸にユウと同じことができるとは思えない。ユウは完璧なの。常に私のことを気遣ってくれていたし、ご飯も上手だし、家事も掃除も……! そんなユウになりたいなんて、烏滸おこがましいよ、瀬戸!」

「え、シウ! 何をそんなに怒ってるの?」


 やっと瀬戸の気持ちに変化が起きてきました。だがやっぱり心許ない感じが抜ききれませんね。


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