第55話 大丈夫だよ……
話し合いの末、シウと瀬戸の二人で根岸と話し合うことになったのだが、よくよく考えると根岸の母親から接近禁止令を出されている為、露骨に話すことが出来ないことに気づいた。
「けど根岸はシウに近付きたくて仕方ないみたいだし。寄せ餌としては抜群だと思う」
おい、コラ瀬戸くん。
「………学校にいる時に話すの?」
「内容も内容なので、誰もいないけど危険じゃない場所を選んで。だけどユウさんが大事にしているシウのことは、俺の命に替えても絶対に守りますから!」
———仕事、休めないかな? こんな彼に大事なシウを任せるわけにはいかない。
中途半端に首を突っ込んでおいて何だけど、リスクが大き過ぎる問題にユウは荷の重さを痛感していた。そもそも自分達と彼等では緊張感が違いすぎる。イコさんの時はもっと色んなことを真摯に受け止めていたはずなのに、どうして彼等は他人事のようにしか物事を捉えられないのだろう?
「瀬戸くんの子供でなかったら荒牧さんは一人で育てる羽目になると言うのに、何であんなに切羽詰まっていないのだろう?」
親も頼めない、彼氏もいない。父親の可能性がある男は知らんぷり。このままお腹の子供が大きくなると、本当にシングルマザーになってしまうというのに。
まるでゲームの中の世界のように簡単にリセットできると思っているのだろうか? そうだとしたらあまりにもお腹の中の赤ちゃんが可哀想すぎて悔やまれる……。
先に自室に戻っていたユウはベッドに横になって天井を仰いでいた。
「それとも僕が重く考えすぎなのか?」
自暴自棄になりかけた時、ドアが開いて廊下の光が暗室に入り込んできた。
「ユウ、寝てた?」
「いや、まだ起きていたけど……」
シャワーを浴びてきたシウが寝室に入って、隣に腰を下ろしてきた。顔を向けるとボディクリームの甘いミルクの香りが漂って、疲れた心を癒してくれた。このまま顔を埋めて眠ってしまいたいほどだ。
「どうぞ? 私でよければいつでも肩を貸すから」
そう言って本当にユウの頭を肩に乗せて、トントンと頭を撫でてきた。モコモコのジェラードピケのルームウェアを着たシウは、まるで大きなぬいぐるみのようで気持ち良くて心地よかった。荒牧との思わぬ論争でダメージを受けたユウの心に優しく染み渡る。
思わず頬擦りし、そのままもたれ掛かって押し倒した。真横で見つめ合った彼女に、呟くように甘えを口にした。
「……シウ、今日は少し甘えていい?」
「もちろんだよ。私でよかったら、たくさん甘えて」
散々瀬戸くん達には事態の深刻さを告げておきながらユウ達だけ甘い時間を過ごすことに罪悪感を覚えたが、目の前の誘惑には逆らえなかった。両手いっぱいに掴んで、そのまま寄せるよに顔を埋めて彼女の肌を涙で濡らした。
今回のことは決して自分の行動が正しいとも思わないし、押し付ける気もないのだけれども、何でここまで一生懸命しているんだろうと虚しさを覚えることも少なくない。
本来ならもっと早くから流すはずだった涙だが、人の優しさに触れることができた今だからこそ、ユウはやっと流せるようになったのだ。
「ユウも……泣きたい時もあるんだね」
「———そりゃ人間だから、大人だって泣きたい時はあるよ」
「可愛い……。いいよ、私にはとことん甘えて?」
ふと、ユウは考えた。
瀬戸くんは幼い頃のユウと同じ立場で、イコさんが荒牧さん。そしてシウはお腹の中の子供。
ユウは瀬戸くんの態度を見てすぐに中絶を勧めたが、そのことについてシウは何か思うことはなかったのだろうか?
自分の存在を否定されたような……複雑な気持ちに襲われなかっただろうか?
「シウ、ごめん」
「ん? 何を謝ってるの?」
「瀬戸くん達の赤ちゃんを、簡単に堕ろすように勧めてしまって」
彼女は「そのことか……」と小さく呟いた。
悲しんでいるのか、微笑んでいるのか分からない表情を浮かべながら、シウはユウの頬を両手で挟むように添えた。
「私の人生はユウがいてくれたから幸せだったの。ユウがいなければ……きっと地獄だった」
そして軽いキスを重ねて、少し離れて言葉を続けた。
「私みたいな人を増やしてはいけないと思うよ。もしユウが止めてくれなかったら、私が堕ろすように話したと思うから」
シウの中の、黒い部分を垣間見てユウは奥歯を噛み締めた。
自分の存在を否定させるような言葉を、彼女に言わせることがなくてよかった。
「私の代わりに悪い役を担ってくれてありがとう」
きっとユウとシウにしか分からない絆を、二人は見ていた気がした。
・・・・・・・・★
「黒い糸で紡がれた、秘密のような絆」
少し……火乃玉様のコメントの部分が頭に残っていて、シウはどんな気持ちで聞いていたかなと思いながら書いたら……暗い方向にシンクロしてしまいました。
シウの闇が垣間見えた気がしました^^;
次の更新は6時45分を予定しております。
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