第53話 瀬戸の彼女、荒牧寿々

 そしてその夜、瀬戸は彼女の荒牧寿々と共にユウのマンションへやってきた。


「永谷さん、お世話になります。荒牧と申します」


 艶のある黒髪の前髪をセンターに分けて、いかにもお嬢様という雰囲気が漂っている。赤毛かかったハーフのような顔立ちのシウとは対照的な純和風な様子だった。


 こんな真面目そうな子が根岸と浮気を———?


 信じられないと疑いの目を向けたが、見ただけでは分からないだろう。本格的に話を聞く前にユウは瀬戸くんに再び親御さんへの連絡について確認した。

 そもそも連絡をしていればここに来ることはないのだ。


「瀬戸くん。僕はちゃんとご両親と話をして来てくれと言ったけど、連絡はしたのかな?」

「それは……」


 案の定だ。彼も彼女も逃げてばかりで何一つ現実に向かい合っていなかった。観念したユウは二人からスマホを借りて家に連絡をしてもらった。


「夜分遅くに申し訳ございません。私、この度瀬戸くんから相談を受けた永谷と申しますが……。はい、瀬戸くんとクラスメイトである大邑の保護者のようなものでして……。はい、そうです。はい………いえ、とんでもないです。瀬戸くんも少し状況を整理したいということでしたので、少しの間お預かりいたします。———はい、了解しました。失礼いたします」


 そして同じような事情を荒牧の両親にも告げ、二人が泊まる許可を得た。

 それと同時にこんな簡単な問題からも目を背ける二人に呆れて何も言えなかった。


「———僕も頭ごなしに怒るのは避けたいんだけど、これはあんまりじゃないかな?」


 ピリピリした空気を感じ取った二人は、黙ったまま俯いて落ち込んだが同情の余地も全くない。下手したらユウが訴えられかねない状況に陥っていたのだ。


「ユウ、そんな怒らないで? ほら、お腹の赤ちゃんもびっくりすると思うし」

「これはそんな簡単な問題じゃないんだよ……。今、ご両親と話させてもらって知ったけど、荒牧さんは何日も家に帰っていなかったんだってね? 状況も状況だし酷く心配して不安なご様子だったよ?」


 ユウの言葉にも彼女は俯いたまま反応を示さなかった。これは一筋縄ではいかなそうだと顔を顰めた。


「それと瀬戸くん、ちゃんと彼女とは話ができた? やっぱり意思は変わらない様子かな?」

「あ、その……はい。彼女は産むの一点張りでした」


 こんなに親身になってくれる彼氏を裏切って浮気をして、妊娠して……そして堕ろさずに産むと選択している彼女に、どんな言葉をかけようかユウは悩んでいた。


 正直、他人事なのでどんな結果になろうが構わない。だが瀬戸のことを思うとお節介を焼かずにいられなかった。


「荒牧さん、今から色々聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 荒牧の視線に合わせるように屈んで確認を取ると、彼女はコクンと頷いた。

 それから最終生理の日と、瀬戸くん、根岸との性交日を確認してからアプリで現在の妊娠週数を調べた。

 現在、10週でそろそろ心拍などが確認できてもおかしくない状況だった。病院にも行くように勧めたが、この調子だと行っていないだろう。


「それと調べてみたら7週からDNA鑑定もできるみたいだけど、どうする?」


 荒牧からしてみれば絶望に近い言葉に、青褪めて否定するように顔を振った。


「それは、その……!」

「このまま生まれるまで待つなんて、瀬戸くんがあまりにも不憫だよ? それとも調べずに責任だけを押し付けて一緒に子供を育てるのかな?」


 そういうつもりじゃないけれど、そういいたげに彼女は睨みつけてきた。

 こんな状況にありながら、産む選択をした自分を褒めろと言わんばかりに強気に振る舞う荒牧に、むしろユウは憤りを覚え出した。違うんだよ、そんな覚悟じゃない。もっと違う覚悟を見たいんだ。


 だが荒牧がその気ならそれでいい。それならもう勝手にしたらいい。


「……瀬戸くんはどうするつもりなんだ? 育てる覚悟はできた?」

「いや、俺はDNA鑑定をしてもらってからが嬉しいんだけど……彼女が納得してくれなくて」


 つまり彼女の中でも瀬戸よりも根岸の子供である可能性が高いことを察しているのだ。ふぅ……と長い息を吐いて、改めて質問を続けた。


「荒牧さんはクリスチャンだと聞いたけど、そもそもクリスチャンにとって不貞行為……つまり浮気は禁じられているのだけど、そのことについてどう思う?」

「え、そうなんですか? え、いや……その」


 言葉を濁す彼女の言葉に流石の瀬戸も顔を顰めた。

 自分の都合ばかり優先して彼氏瀬戸くんに全く気遣わない彼女にユウも難色を示し出した。


 ・・・・・・・・・★


「瀬戸くん、君もどうやらとんでもない彼女と付き合っていたようだね」



 次の更新は6時45分を予定しております。

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