第46話 悪の根源、その末路
正直に白状すると、一番恐れていたのは強行突破でイコさん達にシウを奪われることだった。
母娘が一緒に暮らすことが一番望ましいのは分かっていたが、家事能力もなく、関係が良好とも言い難い二人が仲良く暮らせるとは到底思えなかったし、その上守岡という性獣が一緒に暮らすとなると気が気じゃなかった。
結果的にユウにシウを託す形で去って行ったのだが、最後のユウの言葉を飲んで了承してくれたのか、守岡が実父でないと悟り、シウに魔の手が伸びるのを恐れたからなのか。
何はともあれ、シウの幸せを願った故の行動だと信じたかった。
そこで次に問題になったのが、今後のシウの居場所だった。
籍もない、気持ち以外何の繋がりのない二人が一緒に住むわけにもいかないと判断したユウは、必死に頭を働かせた。
「別に良いのに……今までと一緒でも」
「そういうわけにもいかないよ。シウとの関係はちゃんとしたいんだ。頼むからそれ以上、僕を誑かさないでくれ」
「誑かすなんて人聞きの悪い……。それじゃ、おばあちゃんのところに住もうか? 学校は遠くなるけど、通えないことはないし」
だがその提案にユウは眉を顰めた。正直イコさんとユウを追い詰めて洗脳紛いなことをした義母達を、ユウは快く思っていなかった。
「そんなことないよ。ユウにとっては迷惑だったかもしれないけど、おばあちゃんはおばあちゃんでお母さんと私の心配をしてユウを勧めたんだよ。言葉のチョイスは悪い人だったけど、根は悪い人じゃなかったんだ」
確かに、シウに言われたらそんな気もするが……。
そもそもユウとシウの関係を認めてくれるのかも問題なのだ。最悪、門前払いもあり得るだろう。考えただけで胃が痛くなる。
「おばあちゃん達がダメって言っても、私は諦めないよ? ちゃんと説得してユウのことを認めてもらうから」
「良かった、駆け落ちしてでもとか言われたらどうしようかと思った」
「それでも良いんだけど、ユウが困るでしょ? それに話し合いは大事だって私も学んだし」
それを言われると胸が痛い。そうだ、シウの言う通り……本当にシウと幸せになる為なら、どんなに大変で一筋縄でいかなくても正面から向かい合わなければならない。
「全部、洗いざらい話して認めてもらうか!」
最悪土下座をして、這いつくばってでも頼み込もうと覚悟をしたが、イコの実家で待っていたのはすっかり廃れたゴミ屋敷同然の惨状だった。
「な、何でこんなことに? お義母さん達はこんなところで住んでいるのか?」
確かにここしばらく連絡を取っていなかったが、ここまで悲惨な状況になっているとも知らず、ユウもシウとショックを隠せなかった。
するとしばらくして一人の老人が覗かせるように窓から顔を出した。
「もしかして……シウか? シウなのか?」
「おじいちゃん? どうしたの、これ……!」
「いやなぁ……実は色々あってなァ……中に入って話をするかなぁ」
シウのおじいさん、
それにしてもこのゴミ屋敷の中に……?
あまりの悪臭に思わず顔を顰める。
だが入らないわけには行かないだろう。ユウとシウは顔を見合わせ、覚悟を決めるように足を踏み入れた。
「いやいや、恥ずかしいところを見せてしまったね。今はもう私一人しか住んでないもので……ずっと仕事一筋の仕事人間だったから何もできずにこのありさまなんだ」
「え、おばあちゃんはどうしたの? 出ていったの?」
「———あいつはな、実は脳梗塞になってしまって、今は病院に入院しているんだよ」
「え……?」
知らされていなかった事実に、二人はただ驚いた。
「家内に絶対誰にも言うなって口止めされてなぁ……。アイツはまだ52歳だろう? その若さで脳梗塞になったのを恥ずかしがってな」
「いや、そんな言ってる場合ですか? このことはイコさんは?」
「いや、言ってないが? だってアイツが言うなと言ったからな」
この人は———言葉の通りに受け取るなんて何て愚かなんだ。だが少し考えて言葉を飲み込んだ。シウの祖母、そしてイコの母親である
結局この状況は晴恵さんの撒いた種だ。彼女が夫をいいように洗脳したせいで、誰もこない病棟で一人寂しく過ごすことを余儀なくされたのだ。
「そういやユウくん。イコから君へと通帳を預かっていたのだが。何でも生活費がどうのこうのと言っていたかのう? 渡してもいいかな?」
「え?」
生活費? 何のことだろうと通帳を開いてみると、そこにはユウが渡していた生活費が毎月そのまま入金されて手つかずで貯金されていた。これどういうことだろう?
まさか五年間、一切付けられていなかった……?
家賃がかからなかったとはいえ、色々とお金も必要だったはずなのに? その答えに辿り着いたユウは、思わず頭を抱え込んだ。
彼女がずっと働き詰めだったのは、そのせいか? もしユウが自分達から離れる決意をした時に、離婚経歴が残らないように……そして自分達だけでも生活ができると証明する為に。彼女は身を粉にして一切生活費に手をつけなかったのだ。
「……こんな気遣いよりも、家族になってくれた方が嬉しかったんだけどな」
思わず目の奥が熱くなる。もしかしたらユウへの気遣いではなく、イコなりの決意だったのかもしれないが、並大抵のことではなかったと思われる。
「だ、大丈夫か? それより何かあったんじゃないのか?」
「あ……いえ、少し晴恵さんに用事だったんですが、そういう事情なら大丈夫です。お義父さんも無理をなさらないでください」
「ありがとうな……すまないね、何もおもてなしができなくて」
とはいえ、こんなゴミ屋敷にシウを預けるわけにはいかないし、それに脳梗塞の祖母と何もできない祖父の世話をシウに任せるわけにも行かないと、車に戻ったユウは頭を悩ませた。時折様子を見に行くとして、行政の力と老人ホームへ問い合わせなどをした上で、何らかの手を打たなければならないだろう。
何にせよ……シウに老人たちを背負わせるよりもイコさんに連絡するしかない。
「いいの? 私が手伝えばいいんじゃないの?」
「いや、イコさんに任せよう。彼女の親だし、それに今のイコさんは一人じゃないから大丈夫だよ」
なんて少し皮肉かもしれないが、それがイコさんとイコさんが選んだ守岡の二人の責務だ。血の繋がった肉親として大いに支えてもらうしかない。
それよりも問題なのがこれからのシウの居場所となる住居だ。
こうなってしまえば……シウとは一緒に住むしかないのだろうか?
「だから私は最初から言ってるのに。一緒に住もう、ユウ……」
いや、それが問題だから悩んでいるのに。こうなったらいっそのこと神崎さんを頼るか? 生活費を渡して一緒に住んでもらうか?
「……そういや神崎さんがシェアハウス物件のキャンペーンに興味があるって話していたな。本当に相談してみるか?」
こうしてユウとシウは、止むを得ず一旦マンションへと帰宅することとなった。
・・・・・・・・・★
「………おばあちゃん、ごめんなさい」
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