第44話 その間、あんたは何をしていたんだよ!
言いたいことを言い切ったユウは、イコが立ち去るのを待っていたが、一向に動かない彼女にうんざりし始めた。
「ねぇ、鍵を返してくれないかな? もうイコさんの家じゃないから」
「———そう、なんだけどさ……」
歯切れ悪く話すイコに不信感を抱いたユウは眉を顰めた。すると廊下を騒がしく走る音と、鍵を開ける音が聞こえた。
「イコ! 大丈夫か⁉︎」
ここで
差し詰め傷ついたヒロインを迎えに来た主人公気取りなのだろう。息を切らしながら登場した面に、反吐が出そうだ。
「ねぇ、ここは僕の家で、普通に不法侵入なんですけど?」
「———っ、彼女が助けを呼んだんだ。来ないワケにはいかないだろう?」
いや、あのイコさん。そもそも当たり前のように鍵を渡すなんて、どんな神経をしているんだろう? そもそもここはユウ達、家族の家であって
勝手なことはしないで欲しい。
「警察呼びましょうか? あ、でもいいや。連れて帰ってくださいよ、その人。中々帰ってくれなくて困っていたんで」
「お前……っ、よくそんな言い方ができるな! 少し前まで妻だと思って愛していた人間だろう⁉︎」
いや、それをアンタが言うのか……?
流石のユウも呆れて何も言えなかった。
不快な思いを噛み締めながら、ユウはイコに質問を投げかけた。
「………そういえば、イコさんってこの人に怒ったことはあるの?」
「え、な、なんで?」
「やっぱないよね……、そうだろうな。ねぇ、守岡さん。アンタはさ、イコさんが……どんな思いをして過ごしてきたか、知ってたか?」
最早、この女性に対して何の感情も抱かないが、それでも彼女の苦悩は近くで見た来たから痛いほど分かる。
「15歳という若さで妊娠して、親にも周りの人間にも非難されて……、それでもアンタの子供だと信じて産んだ彼女の気持ちを、アンタは少しでも考えたことがあるか?」
自然と力が籠る指先。爪が手のひらに食い込み血が滲んだが、そんなのどうでもいいほど怒りが込み上がった。
「アンタが何もしないでのうのうとしている間、どれだけ彼女が泣いてきたか知ってるのか! ふざけんなよ、何事もなかったように笑ってんじゃねぇぞ‼︎」
「だ、だからこうして責任を———っ」
「アンタのは責任でも何でもねぇんだよ!」
守岡の胸倉を掴むと、そのまま拳を振り下ろし目の前の憎ったらしい頬にぶつけた。
驚きを隠せないイコは目を大きく開いて、二人を見渡していた。
「……今のイコさんには、何も思うことはないけれど、僕は……僕はずっと彼女を近くで見てきたんだ。彼女はずっと頑張っていたんだよ。誰よりも、ずっと……! それをアンタは、本当に分かってんのか?」
「若造が……っ、俺に舐めた口を聞きやがって!」
「関係ねぇよ、今の僕にはアンタは無責任な男にしか見えないね。大体、本当にイコさんのことを思っていたなら、もっと早く会えていただろう? もっと本気で探しただろう? 全部がアンタの都合に合わせた行動にしか思えないんだよ」
そして座り込んだ守岡の視線に合わせてしゃがみ込んで、眉を顰めた。
「さっきのは僕が感じた怒りだ。アンタの無責任な行動のせいで、泣いた人はまだいるんだよ」
そう言い放って、ユウは改めて守岡に二発殴り込んだ。一つは父親がいなかったせいで泣いたシウの分。二つ目は守岡のせいで苦渋を強いられていた守岡の奥さんの分。
そして最後は……
高く伸び切った鼻をへし折る勢いで守岡の鼻に拳の骨をのめり込ませた。初めて本気で人を殴ったが、殴られた人間だけでなく殴った人間も痛みを伴うなんて知らなかった。皮が破れ血が滲んだ利き手をハンカチで覆いながら、ユウは立ち上がった。
「ゆ、ユウくん……っ、何で?」
「何でって……だって普通にムカつくじゃん。僕らが過ごしてきた16年を馬鹿にされたみたいで、美味しいところだけとっていくんじゃねーよ、バーカって……言いたくなったんだ」
すっかり気を失った守岡を見て、少しはスッキリした。
「———ねぇ、イコさん。やっぱ僕はこんなヤツにシウは渡せない。僕が責任を持って幸せにするから、許してくれないかな?」
「………はは、変なの。ねぇ、ユウくん。普通に考えたら、こんな母親の娘だよ? いやでも私のことを思い出して嫌な気分にならない? 確かにあの子も美人だけど……固執するほどのものじゃない。悪いことを言わないから、ユウくんは私達から解放されて他の人と人生を歩んだほうがいいわ」
それって、何かのデジャブ? 同じようなことを言うと選択を間違えている気がするけれど、やっぱり自分の答えはこうだ。
「そんなことを言わないで、イコさん。僕はシウのことが好きで、手放したくないんだ。もう同じ過ちは犯さないから……僕からもう、何かを奪おうとしないでくれ」
ユウの言葉に憑き物が取れたように肩を落としたイコは「しょうがないね……」と苦笑を溢した。
「ねぇ、ユウくん。お願いがあるの。この人をタクシーに乗せたいから、鼻の止血をした後、運ぶのを手伝ってくれない?」
「うん、いいよ。っていうかさ、イコさんも物好きだね。こんなオジサンが好きだったんだ」
15歳の頃なら魅力的に見えたかもしれないが、大人になってからの15歳差で感じたのは魅力的な部分だけではないだろう。
その証拠に、最初見たときと違って守岡の印象はただの歳を重ねた中年のおじさんだった……。
「———ユウくんに言うのはお門違いかもしれないけど、それでも私には魅力的な人に見えたのよ。それにユウくんとシウも11歳差でしょう? 他人事じゃないわよ? シウに見捨てられないように努力を続けなさいよ?」
………皮肉だな。気持ちがなくなった途端、仲が良かった時のように話せるようになって。ユウも久々に素のイコさんを見た気がした。
もしかしたら自分達も、ちゃんと向かい合っていれば違う未来があったのかもしれない。
「ユウくん……私の為に怒ってくれてありがとう」
「———それは違うよ。結局、僕は僕のために怒ったんだ」
そして守岡の治療を終えた二人は部屋を出てエレベーターに乗り込んだ。この箱が1階へ降りたら、もう全てが終わるだろう。
「それじゃ、イコさん」
「………じゃあね、ユウくん」
こうして二人は交わることのない道を歩き始めた。
・・・・・・・・・★
「さよなら。お幸せになんて言葉は、言いたくないけど」
次の更新は6時45分を予定しております。
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