第43話 そりゃ、悪い男にもなりますよ?
守岡のマダムとの密談を終えたユウはスマホを取り出した。この短い時間にも関わらず三十件近い不在着信。その相手はイコさんだった。
自分達が掛けた連絡は頑なに無視していたくせに、本当に利己主義だなと呆れながら折り返し連絡をした。ワンコールもかからないうちに繋がった電話。ユウが話す前に怒り散らした声が聞こえ出した。
『ユウ! アンタ、シウをどこにやったの⁉︎』
あぁ、家にいなかったから自分に連絡をしてきたのか。そりゃあれだけご丁寧に奪うと言われて、隠さない人はいるだろうか?
「………ねぇ、イコさん。他に言うことはないの?」
『うるさい、それどころじゃないのよ! 大体アンタもどこにいるのよ!』
「イコさんこそ、どこ?
『そんなことよりシウを———!』
「………ねぇ、イコさん。最後くらいはちゃんと話し合おう。僕らは肝心なことを黙ったまま蓋をして腐らせてきたんだから。それじゃ、今からマンションに向かうから、そのまま待っててね」
そう告げてユウは一方的に電話を切った。
これで終わりだ、何もかも。
すっかり真っ暗になった漆黒の空を仰いで、ユウは息を吐いた。
部屋に着くなり、酷い有様に変わり果てた室内に幻滅した。全てのものが出されて散乱して足の踏み場もない。それこそ服、書類、全部全部。
これを片付けるのは誰だと思っているんだろう? ろくに家事もしないくせに余計なことをしないでほしい。
「ユウ、アンタ……シウをどこにやったのよ!」
「おかえり、イコさん。あぁ、おかえりじゃないのかな、僕らは家族ですらなかったんだから」
「それは……」
彼女は言葉を詰まらせた。きっとイコさんのことだからユウの為とか都合のいいことを言うつもりなのだろうが、そんなの言い訳でしかない。
『今ならわかる、僕の為ではなく守岡との未来の為に……彼との未来を信じて未婚を貫いていたんだ。でないと辻褄が合わない』
最初はユウに離婚経歴を作らせないためかと思ったが、それなら最初に告げるはずだ。後から入籍の事実がないと知った方が、余程残酷だ。
「ねぇ、イコさん。守岡さんとはいつから繋がってたんだ?」
「それは……ユウには関係ないでしょう? だってアンタとは夫婦でもなかったんだから」
「———詐欺師みたいな戯言はよしてよ。ただ知りたいだけだよ。別に責めるつもりはないから」
そもそも夫婦の問題は、一方的にどっちが悪いわけじゃないとも思っている。彼女を不貞に走らせたのなら、きっと自分にも責任がある。だから知りたいのだ。
「……守岡と再度繋がったのは一年位前よ? 本当はユウくんとの関係を見直そうと思っていたんだけど、ほら……私との子供はいらないって言ったから」
「———だから浮気したんだ?」
「寂しかったの! いらないって言われたみたいで! そんな時に守岡から連絡があって、色々話を聞いてもらっているうちに……嬉しかったの。ユウと違って私を必要としてくれたから」
———その寂しさなら自分も心当たりがある。だから彼女を責める権利はユウにはなかった。
「守岡も悩んでいてね? 会社の後継が欲しいから自分の子供が必要って言われたの。シウは女の子だから実際に後継になるわけじゃないけど今よりは生活も豊かになるし、それにやっぱり実の親の方がシウにとってもいいことだと思うの」
「だからシウを連れて行こうとしたんだね。もういいよ。もうイコさんとやり直すつもりもないし。それに今なら僕も好きな人の為ならと懸命になる気持ちが分かるよ。イコさん以外の人を好きになったから」
言い訳ばかりを連ねていたイコは、ユウの言葉にただ驚いた。
イコさん以外の人を好きになったから?
「え、え? 嘘でしょう? あり得ない……ユウが? 私以外を?」
「うん、だってイコさんはずっと外泊ばかりで、全く僕に構ってくれなかったし。まさか自分は他の男に縋ったのに、僕はダメだなんて言わないよね?」
理屈を言えばそうだけど、納得できないとイコはワナワナと震え出した。
だってあんなにイコのことを信じて、尽くしていたユウが?
「嘘よ! 絶対に許さない! ユウが他の女を好きになるなんて! 私よりもいい女なんて、そうそういないはずよ? 誰よ、どこにそんな女がいるの⁉︎」
ユウの胸倉を掴んで、鬼の形相で睨みつける。気持ち悪いったらありゃしない。
「………シウだよ。僕とシウは、少し前から付き合うことになったんだ」
「———は? シウ……?」
イコは引き攣るように笑みを浮かべ、そのまま嘲笑し始めた。
「アンタ、子供のように育ててきた女に欲情したの? 最低ね、気持ち悪いったらありゃしないわ! やめてよ、尚のことシウをアンタに渡せないわ!」
「自分のことを棚に上げるなよ。守岡さんとイコさんは15歳違うだろう? それに15歳のイコさんを妊娠させるような行為をしていたわけだし……」
「私達はいいの! 本気だったんだから! だから私もミチの子供を産んだんだのよ! それに今回だって私と結婚してシウを子供として迎え入れてくれるって!」
本気……? どの口がそれを言う?
あまりにも嘘が多過ぎて、もう何も信じられない。
「ねぇ、イコさんは……守岡さん以外にも男がいたの?」
「え?」
「守岡さんの子供じゃないんでしょう? 確証がなかったから言わなかった。けどきっと彼の子供だって信じながら育ててたんだよね? そう言う意味じゃ大した純愛だよ」
違う、違うとしきりに口にしているけど、気持ち悪いから。もう分かりきった事実だから知らないふりはしなくてもいいんだ。
「結局さ、僕は何も知らなかったんだよね。僕が知ってたイコさんは、全部嘘だった」
気付いていたけど気付かないふりをしていたのか。それともそれでもいいと思い込んでいたのか。自分のことですら、もう分からなくなっているけど。
「イコさんに気持ち悪いと言われようが、僕にとってシウは掛け替えのない存在で、大切な人だから。シウもそれを受け入れてくれている。だからシウは渡せないよ?」
だが諦めの悪いイコさんは、立ち去ろうとしたユウの足に縋り、引き留めた。それだけは、それだけは絶対に自分が優位だと勝ち誇ったように言い放った。
「シウは私の子よ! アンタなんかに渡さない‼︎」
「………あのさ、イコさんはさ、自分のやらかしたことの責任ってとったことがある?」
渡してもいいけれど、ちゃんと彼女を育てる自信はあるのだろうか? 家事もそう。教育環境を揃えてあげて、愛情を注いで。
「当たり前でしょう? 私は母親よ? それに私だけじゃなくて本当の父親も一緒なんだから! ユウみたいな紛い物じゃなくて、ちゃんとした経済的にも世間的にも立場がある立派な人なんだから!」
そこまで心酔している人のことを悪く言うなんて気が引けるが、事実だから仕方ない。ユウは大きな溜息と共に真実を告げた。
「………守岡さんは無精子症らしく、奥さんとの間に子供ができなかったのは守岡さんに原因があったらしいよ?」
「———え、は? な、何よそれ……! でも私は彼の子を妊娠して」
「守岡さんの奥さんに聞いたよ。無精子症の彼との間に子供ができるはずはない。だからイコさんが守岡さんとシウを育てるってことは、最愛の娘を女に飢えた性獣に捧げるようなものだね」
イコさんは知ってるかは分からないけれど、他にもたくさんの愛人をはべらせているので、相当な女好きなのだろう。
「ねぇ、イコさん。悪いことをしたら責任を負わないといけないんだ。僕も責任をとってイコさんと別れて、シウと付き合うことにするよ」
「ま、待ってよ……! ねぇ、ユウくん!」
「今度、正式に検査したDNA結果を守岡さんに送ってあげるから。ちゃんと夫婦で話し合ったら?」
こうしてユウとイコの関係は終わった。
すっかり項垂れたイコを見て、ユウは見切りをつけるように踵を返した。
・・・・・・・★
「さぁ、どうなるやら……」
………自分で書いてて思ったけど、ユウの場合、責任とってと言うけど、ご褒美にしかならないという問題💦笑
次の更新は12時05分を予定しております。
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