第41話 さぁ、共に反撃の狼煙をあげよう
ホテルを出る頃には、もう空の色は茜から群青へと色を変え始めていた。眩く光っているはずの宵の星が滲んで見える。
イコさんは一体何のつもりで騙していたのだろう?
金づるか? それとも単純に使い勝手のいい家政婦が欲しかっただけだろうか? 手のかかる娘の世話も押し付けて、自分は悠々自適に不倫相手と逢瀬を重ねて。
違うか、この場合は
ポケットに入れていたスマホが、ずっと着信を知らせようと震え続けていた。あぁ、そうか。もうシウを迎えにいかないといけない時間だ。
そもそも自分が傍にいていいのだろうか?
赤の他人のくせに、何の繋がりもないくせに。
「でも、最後に会いたいな……シウに別れを伝えないといけないし」
きっとあの男のことだ。早急にシウを連れ出す手立てを講じるに違いない。こんな事態になるなんて誰が想像しただろう。もう神様ですら信じたくない、そう思いながらユウは車へと乗り込んだ。
自分とイコさんの過去が全て嘘だったとは思いたくなかったが、それにしてもこの仕打ちは酷すぎる。知るにしても他人の守岡ではなく、彼女本人から聞きたかった。
「………待てよ? 僕らはそうだけど、向こうは?」
確か守岡はこう言った。妻との間には子供ができなくて、と。あの男は家庭を持ちながらイコさんと逢瀬を重ねていたというのだろうか?
ユウは路肩に車を停めて手帳を取り出した。いつからだ、彼女達はいつから過ちを犯していたんだ?
もちろんイコさんに対する怒りもあるが、浮気相手と対面した今、どちらかというと守岡に対する憤怒が強かった。15歳のイコさんを妊娠させておきながらずっと放置して、本妻との間に子供ができなかったからと自分勝手な理由でシウを引き取りたいなんて、そんなムシの良い話はないだろう。
自分と同じように二人に対して怒りを抱いている人がいるはずだ。もしかしたら彼女なら、同じように考えているかもしれない。
ユウは守岡からもらった名刺を取り出し、住所を調べた。
「守岡は奥さんを用済みだと思ってるみたいだけど、懸命に尽くしてきた人を蔑ろにするなよ……?」
一先ずシウに連絡だけ済ませて、今日は友達の家に泊めてもらうかホテルに泊まるように頼んだ。今朝の男が訪ねてくるかもしれないと伝えると二つ返事で了承してくれた。
「………ちゃんと話さないといけないな。シウにも、イコさんとも」
不倫というい不貞を犯しておきながら、我が物顔で平気で人を傷つける彼らを許せない。ちゃんと犯した罪は償うべきだ。
守岡の会社に着いたユウは黙ったまま建物を眺めていた。立派な三階建ての自社ビル。時間も時間なので従業員も少なかったが、丁度女性の事務員が帰宅しようとドアから出てくるのを見てチャンスだと声を掛けた。最初は警戒して身構えていたが、名刺を出して挨拶をすると少しだけ表情が和らいだ。この時ばかりはハウジングメーカーと建設会社と隣接した業種で良かったと幸運に感謝した。
「社長か奥様にご挨拶をしたいのですが……いらっしゃいますか?」
「社長は用事があると出掛けましたが、奥様ならいらっしゃいますよ? お繋ぎしましょうか?」
しめた、好都合だ。ユウは丁寧に頼んで案内してもらった。土木をメインに行なっている会社だったので多少の業種は異なるが、そんなことは些細なことだ。
少し奥の事務所で取り次いでもらっている。やけに長く感じるが、実際は数分の出来事だった。心臓が騒がしく、頭の中も真っ白になる。我ながら大胆なことをしているなと嘲笑したくなるほど狂っていた。
奥から出て来たのは上品な服を纏った頬のほうれい線がくっきりしたマダムだった。一つに結ばれた髪をきれいにまとめ上げ、きれいに年を重ねた美しい女性だった。
「ワンホームハウジングの方でしたかしら? ごめんなさいね、今主人は外出してまして」
「いえ、お構いなく。アポイントもなく訪ねたのは私の方なので気になさらないで下さい。それよりも……奥様はご存知ですか? 大邑イコという女性を」
ユウの言葉にピクっと眉を動かした。
「仕事のお話では、なさそうですね。失礼ですがあなたは?」
「私は大邑イコの旦那……だと思っていた者です。まぁ、婚姻届を提出されていなかったので、結局は赤の他人だったんですが」
柔軟そうな態度を一変させ、腕を組んで威圧的な態度を露わにしたマダムは、何が要求なのかと言わんばかりに顔を顰めてきた。
「いえ、白状をするなら既にお宅の旦那さんからお金は頂きました。興味もなかったのでろくに金額も確認してないですが……。けどこんな金だけで解決したと思われるのって癪じゃないですか?」
「………ふふ、あなたって面白そうね。見せなさい、あの男の気が変わらないうちに現金で渡してあげるわ。貰えるものは貰っておきなさい。お金は裏切らないわ」
そんなつもりじゃなかったと思いつつ、ユウはポケットに押し込んでいた小切手を取り出して渡した。受け取ったマダムは「端金ね」と嘲笑して札束を三つ金庫から取り出し、袋に入れて渡してきた。
「大邑イコのことは調べているわ。もちろんあなたのこともね。色をつけて渡してあげるわ。それでも足りないくらいの実害をあなたは受けたわけだけど、これで勘弁してくれないかしら?」
「………いや、だから私はお金じゃなくて」
「あら、なら何をお望み? まぁ、私ももう離婚してこの会社も追い出されるだろうから、どうでもいいんだけど」
やっぱりか、とユウは静かに頷いた。
あの男はつくづく自分のことしか考えていないらしい。
「でもね、申し訳ないけど今更愛人が一人二人増えたところで何も感じないの。むしろ社長夫人っていう名ばかりの召使いを辞められて嬉しいくらいなのだから」
「そんなもんなんですか? 私は……自分が費やした時間を考えると許せなくなりましたが。一矢報いたいな———って」
ユウが意地悪な表情で笑うと、誘いに乗るようにマダムも笑みを浮かべた。
「あら、あなたって見かけと違って意外と悪い男なのね?」
「きっと今まで良い子だった反動が来ているだけですよ。奥様、私と一緒に手を組みませんか?」
こうして惨めを強いられたもの同士、同盟を組んだ。
・・・・・・・★
「さぁ、どうしてくれようか?」
すいません、やはり急遽更新します!
次の更新は17時05分を予定しております。
続きが気になる方は、フォローをよろしくお願いいたします。
あと今回は皆様にもお願いがありまして……世界を変える運命の恋コンテスト用に一作出品してあります。よろしければご覧頂けると嬉しいです! 何卒……よろしくお願いします! 最初は重いですが、三話からは甘いので……^_^
魔物討伐最前線で戦わされる不遇の聖女、強面兵士に守られることになりましたhttps://kakuyomu.jp/works/16817330663226248007/episodes/16817330663226452813
読者選考はないみたいなんですが、一応💦
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます