第40話 あれ、聞いていた話と違うんだけど
仕事終わりに約束したホテルへ向かうと、待ち合わせの時間より早目に出向いたにも関わらず、守岡が先に席について落ち着いた様子で座って待ち構えていた。
これからの展開を考えると口の中が乾く。何度も唾を飲み込んでは気持ちを落ち着かせようとするが、溢れるのはため息ばかりだった。
だが、逃げるわけにはいかない。
「お待たせして申し訳ございません。守岡さん」
彼は視線をあげて眉を上げた。見定めるようないやに絡む視線を感じながら、ユウは対峙するように椅子に手を掛けた。
守岡も立ち上がって軽く会釈をして挨拶を交わし合ったが、どうしても目の前の男に対して良い印象を与えたいと思えなかった。代わりに負けたくない気持ちは根深く残っていたが。
「いやぁ、君のことは調べさせてもらったけど、思った以上に若くて驚いたよ。その若さで色々と大変だっただろう?」
「いきなり失礼じゃないですか? 私はまだ貴方がどんな人間かも知らないのに」
ユウの言葉を嘲笑うように鼻で笑い、守岡は口角を上げた。
「単刀直入に申し上げよう。イコとシウを私に返してもらおうと思ってね」
「———だから、何者かも分からない人間に渡すわけがないじゃないですか。耳が悪いんですか?」
自分に不利になることは言いたくないのだろうか? それともわざと神経を逆撫でさせる言葉を選んでいるのだろうか? どちらにせよ性格が悪い。
「ははっ、だって君に色々話したところで無意味じゃないかな? それとも現実を思い知らされて打ちのめされたいのかな?」
本当に嫌な奴だ。こんな嫌悪感を覚えた人間は初めてだった。それはきっと互いに嫌っているせいなのだろう。好かれたい気持ちは微塵もないが、本当に腹立たしい。
「………なんならイコは君に上げてもいいんだがね。私に必要なのはシウだ。今の妻との間に子供ができなかったからね。どうせ育てるなら血の繋がりのある子の方がいいだろう?」
「———は?」
「………ん? なんだ、君。イコから何も聞いていないのか? 15年前のイコと付き合っていたのが私で、彼女曰くシウは私の子らしいよ」
てっきりイコさんの浮気相手だと思っていたのに、その展開は予想外だった。
だがそんなことは関係ない。今、シウの父親が自分なのだ。そう簡単に渡すなんて———……。
いや、自分がイコさんと離婚してしまえば、全部コイツの言うとおりになってしまう。結局、ユウとシウには血の繋がりもない戸籍だけの関係だ。イコとキレてしまえばシウとの関係もなくなってしまう。
冷や汗が頬を伝う。焦燥のあまり奥歯がすり減るんじゃないかってほど、強く噛み締めていた。
「……その様子ならこの事実も知らないんじゃないかな? イコの戸籍だ。本来なら君に確認する必要なんてなかったんだ。そもそも君達には何の繋がりがないんだから」
繋がりが……ない?
「イコは未婚の母だ。君との婚姻届は提出されていないんだよ」
嘘だ、そんなはずは……!
ユウは見せられた書類を手に取り、細部まで見渡した。けどこんな書類、偽装することだって可能だ。そうでないと何も信じられない。こんなこと認められない……!
「問い合わせてみてもいいよ。つまりさー、君は赤の他人を自宅に招いて世話をしていたってことだよ。すまないね、私の情婦と娘を大事に育ててくれて。感謝の意味を込めて……これはほんの気持ちだから懐に納めてくれ」
そう言って守岡はそれ相応の金額が記載された小切手を握らせた。
「———なぁ、ユウくん、君は何の為にイコと一緒にいたんだい? 家族ごっこをするためか? それならもっと愛でてあげないとダメだろう? 世話をするだけなら犬猫でも買えばよかったのに」
「……るさい、うるさい! 何だよ、アンタも! 今更父親だなんて!」
「君が認めなくても私がシウの父親だ。あぁ、そうだ。娘が何処の馬の骨かも分からぬ奴と一つ屋根の下にいさせるわけにはいかないから、すぐに迎えにいかせるよ。今まで安全運転ありがとうな」
そう言い残すと守岡は席を立った。
何もかも終わりだ———……。
その場に蹲ったユウは頭を抱えて嘆いた。
こんな仕打ち、あんまりだろう?
何の為に自分は、自分は……!
小さくなっていく守岡の背中を睨みつけ、ユウは自分の人生を悔やんだ。
・・・・・・・・★
「結局、全部騙されていただけなのか? 何も信じられない、信じたくない」
婚姻届が未提出でも、事実婚扱いにはなるのですが……あえてこの場では伏せさせて頂きますのでご了承下さい。
次の更新は12時05分を予定しております。
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ちなみにこれからは反撃開始です!
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