第30話 たまには三人で遊びに行こうよ?
リビングに戻ると、珍しくイコさんとシウがソファーに座って語っていた。絶賛不倫中の妻と浮気相手の娘というイレギュラーな組み合わせにユウの胃は荒れていた。
「あー、ユウくん! 聞いてよシウったら好きな人が出来たみたいで、一緒にデートしたんだってさ」
うっ、胃が痛い! それは自分ですなんて口が裂けても言えやしない。
シウの視線も痛い……『ケジメつけるんでしょ? いつ言うの、今でしょ?』って責めているようだ。
「すごく優しいよ。いつも大事に扱ってくれて、こんな素敵な人は他にいない」
「やーん、いいなぁ♡ シウ、その人絶対に離しちゃダメよ? そんなに愛してくれる人って珍しいんだから!」
「うん、絶対に離さない。だって私、誰よりもその人のことが大好きだもん。愛してる」
シウ、こっちを見ないでくれ。そんな上目遣いで、挑発するような目をしないで……!
「あーん、父親のユウくんからしてみれば嫉妬しちゃうでしょ? こんな可愛い娘を奪われて」
「………うん。でもシウは良い子だから、きっとその人もシウのことが好きだと思う。何があっても絶対にシウを一番に考えて、守り続けてくれると思う。他の誰よりも愛してくれると思うよ。それこそどんな事情があってもケジメをつけるくらい」
ユウの言葉にシウは数秒固まって、そして瞳を潤ませて見上げた。
今の自分にはここまでしか言えないけれど。伝わってくれればそれでいい。
「えー、ユウくん良いこと言うね! まるでユウくんみたいな人じゃない? 私がシウを身籠った時もユウくんったら『僕が二人を守るから』って宣言してさー……本当に守ってくれたんだもんね。ユウくんには感謝しれるんだよ、ありがとう」
今、そんなことを言われても全く響かないけど。
だってイコさんは、自分達に黙って浮気をしていたんだから。シウの為には尽くし続けたいけど、イコさんの為には頑張れそうもない。
「そうだ、今度三人でナイトプールに行かない? 丁度取引先の人からチケット貰ったんだよねー」
一人だけ家族関係を良好だと思っているイコさんは嬉しそうに見せてきたが、ユウとシウは内心複雑だった。特に何も知らないシウは、仲睦まじくしている二人を見せつけられるのかと難色を示していた。でも断るわけにはいかないだろう。
「いつ行くの?」
「うーん、来週の水曜日はどう? ユウくんも休みでしょ? 私も休みを取るし、シウの学校が終わったら行こうよ」
来週の水曜日、その日を最後にちゃんと話をしよう。しないといけないことは山積みだと考えながらユウも了承した。
「イコさん、ありがとう。楽しみにしてるよ」
「えへへー、私もたまには家族孝行しないといけないからね!」
そう言ってイコさんが近付いて、「んー」とキスをねだってきた。だが反射的に手で遮って避けてしまった。その行動にシウもイコも驚いて顔が固まった。
「———ごめん、今日は飲み過ぎてお酒臭いから」
「……ふぅん、そうなんだー。別に私は気にしないんだけどなー」
そう言って浴室へと向かったイコさんを見届けてから、シウは『う・そ・つ・き』と口を動かした。
「………私とはキスしたくせに。私にはお酒臭いと思われてもいいんだ?」
いや、それだと語弊があるけれど。できるならこう捉えてもらいたい。そう思われてでも、キスしたかったんだよ。
シャワーの音が聞こえ出したのを確認してから、ユウはシウの近くまで歩いて、彼女の手に重ねた。
「さっきの言葉……信じてもいいのかな?」
「うん。たとえ時間が掛かっても、ちゃんと守るから」
「でもさ、不倫してる人ってすぐ嘘を吐くでしょ? 繋ぎ止める為に……ズルい嘘」
「はは、そう思われても仕方ないか。でも僕はそんな器用な人間じゃないから。もし僕のことが重い人間だと思うなら今の内だよ? シウのことは一生掛けて守っていきたいと思ってるから」
シウは隠しきれない喜びを覆うように、口元を隠した。
「プロポーズみたい。嬉しい」
「んー……、それはちゃんとしたいから軽く受け取ってて?」
そうして二人は触れるようなキスをした。
もしシウがいなければ、イコさんの浮気という事実は受け止めきれず壊れていたかもしれない。今ですらこれだけの時間を尽くしてきたのに、夫婦らしい行為も全くなく、何の為に生きてきたんだろうと憤りを隠しきれない。
でも苦労してきたイコさんが、自分で自らの幸せを掴んだのであれば、もう自分は必要ないだろう。
『僕も僕の幸せを考えてもいいよな……僕の幸せを考えた時、思い浮かぶのはシウの顔だ』
・・・・・・・★
「色んな障害を越えてでも、手に入れたいと思ったのは初めてなんだ」
次の更新は12時05分を予定しております。
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