第34話 こんな時だけ親ぶらないで!

 一応、職場に思ったほど大したことではなかったと報告し、今日はそのまま直帰することにした。

 ちなみに水城に譲った案件は見事に契約に繋がったと報告を受けた。彼の成績として上げられるので、少しは借りを返せたかなとユウは安心した。


 一方シウは、相変わらず黙り込んだまま俯いていて、相当ショックだったのが伝わってくる。


「シウ、何か温かいものでも飲む? ココアを淹れようか?」

「———ううん、大丈夫。それよりもごめんなさい。ユウも仕事だったのに」

「いいんだよ。こんな時は素直に大人に甘えればいいんだよ」


 頭をポンポンと叩くと、涙腺が壊れたかのようにボロボロと涙を流し始めた。そんなシウをゆっくりと包むように抱いて、リズムよく肩を叩き続けた。


「あのね、ユウが来てくれた瞬間……すごく嬉しかった。ありがとう」

「———うん。いいよ、大丈夫」


 まるで幼い子供のように泣きじゃくるシウを見て、よほど心細かったのだろうと胸が痛くなった。あの空間で一人で耐えていたシウのことを想像しただけで手に力が籠る。こんなことならもっと早く駆けつけて支えてあげたかった。


「根岸くん、彼には何も言われなかった? もしかして酷い言葉を言われたんじゃないか?」

「もう大丈夫。だって傷つけた私も悪いし、仕方ないよ」


 その言葉が全てを語っていた。やはり相当酷い言葉でなじられたのだろう。二度とこんな事態が起きないように、色々と対策を練らないといけないと考えていた。


「変なの。ユウがお父さんって事実は嫌なのに、側にいてくれて本当に心強い」

「……こんな僕でよかったら、いつでも守ってあげるよ」

「ふふっ、ありがとう」


 自分が笑うと一緒に微笑んでくれる彼女が愛しい。これが答えなんだろうと、ユウも芽生えた温かい感情を見ないふりをするのをやめた。


 ———ガチャガチャ……!


 玄関の鍵を開ける音が聞こえた。二人が離れるように立ち上がると、焦燥したイコさんが入ってきた。息を切らして大きく肩を揺らしていた。


「シウ、アンタって子は———っ!」


 大きく振りかぶった手がそのままシウの頬に直撃した。あまりの衝撃にそのまま床に倒れ込んで大きな音と共に手を着いた。


「シウ! 急に何をするんだよイコさん!」

「アンタ、何やらかしてるのよ! 学校で問題を起こすなんて、絶対にダメだって言ってたでしょう⁉︎」


 酷い剣幕で罵倒続けるイコさんを見て、思わず伸ばした手を止めてしまった。シウの言い分も聞かずに一方的に罵るなんて、いくら親でも許されることではない。


「ただでさえ私達はハンデを背負っているのに……っ、アンタのせいで、アンタのせいで……!」

「待って、イコさん。シウにもちゃんと理由が」

「これは私達親子の問題なの! 他人は黙ってて!」



 ———怒りまかせの言葉から溢れた本音。

 そんなふうに言われたら、何も言えないじゃないか。


 だが黙り込んだユウの代わりに声を上げたのはシウだった。彼女は顔を歪めて必死に訴えた。


「ユウは他人なんかじゃない! 大体何なの……! 肝心な時にはいつもいないくせに、今更母親面しないでよ!」

「———っ! アンタって子は! 親に向かってなんてことを言うの!」

「違う違う違う! 本当は私のことなんて産まなきゃよかったって後悔してるくせに! 私のことなんて、嫌いなくせに……!」


 あまりにも救われない言葉に、再びイコは感情に任せて手を挙げた。だが今度は叩かせまいと、ユウは守るようにシウを庇った。


 こんな言い合い、誰も救われない。


「ユウ! アンタ、シウから離れてよ! これは私達の問題なんだから!」

「ダメだ、こんなの……。今回ばかりは僕もイコさんの味方にはなれない」


 ユウの突き放した言葉に、イコの目が絶望に染まった。小さい頃から常に味方でいてくれたユウが裏切るなんて。まるで半身を捥がれたような空虚感が襲いかかる。


「何よ、嘘吐き……っ、ずっと私の味方だって言ってたくせに! ユウの嘘吐き! やっぱりアンタも私を裏切るんだ!」

「違う、裏切るとかそう言うのじゃなくて……!」


「もう知らない! 誰も信じない! 嫌いよ、大っ嫌い!」


 そう言って部屋を飛び出して、イコさんは姿を消した。まさかこんなことになるなんて思っていなくて、ユウもシウも呆然と座り込んでいた。


「ごめんなさい……、私のせいでこんなことになって」

「———シウのせいじゃないよ。きっとイコさんも頭に血が昇ってカッとなっただけだ」


 だからといって、言っていいことと悪いことはあるけれど。流石のユウも今回ばかりは堪えて疲労し切ってしまった。

 でも本当の被害者はシウに違いない。あんなに一方的に悪意をぶつけられてツラかっただろう。


「………早く追いかけていいよ? ユウにとって大事なのはお母さんでしょ? きっと今なら間に合うよ」


 今にも溢れそうな涙を堪えながら、無理に笑顔を作って見送ろうとするシウを置いていけるわけないと首を横に振った。


「……僕はシウの側にいるよ。いや、いたいんだ」



 だがこの後、イコさんはマンション僕らの家に戻ってくることはなかった。ユウ達の前から、忽然と姿を消してしまった。


 ・・・・・・・・・★


「———最悪にも程があるわね……子供にあんなことを言わせるなんて、母親失格だわ。あぁ、もう無理、無理……助けて」


 次の更新は6時45分を予定しております。

 続きが気になる方は、フォローをよろしくお願いいたします。


 そして明日は……イコの過去編になります。

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