第33話 故意と先入観と、許されない悪意

「え……? うちの娘がですか?」


 学校から連絡を受けたユウは、信じ難い報告に言葉を失った。シウが男子生徒を殴って暴力沙汰を起こしたと言われたのだ。母親であるイコさんに連絡したが携帯に繋がらなかった為、シウから連絡先を聞いて連絡したのだと伝えられたが、とても信じられなかった。


「すぐ行きます。申し訳ございません」


 不穏な空気を察した神崎も深刻そうな顔で早退許可したが、どう声をかければいいのか戸惑っているのが明白だった。


「え、今の電話ってシウちゃんの高校からですか? うそ、可愛い顔してシウちゃんて意外とサディストだったんですか?」

「バカ、そんなわけないだろう。永谷、水城のことは気にしないで早く学校に行け」

「本当にすいません。けどこの後一件予約が入ったんですが……」

「それは水城にやらせる。仕事のことは気にするな」

「先輩! 貸し1っすよ?」

「ありがとう。水城、神崎さん」


 逸る気持ちを落ち着かせようと、深く呼吸をしながら車に乗り込んだ。


 一体何があったんだろう?

 もし自分が関わっていることなら、どうすればいいのだろう。


「違う、今は早くシウのところに行かないと……」


 あの子は無闇に暴力を振るうような子ではない。きっとこの事態を一番信じられないのはシウだ。早く安心させてあげなければと学校へ急いだ。



 予め指定させていた校長室へと向かって中に入ると、担任と怪我をした生徒と親御さんが座っていた。

 鼻にガーゼを貼って痛々しい様態だったのは、シウの友達の根岸という男子生徒。微妙に顔見知りなだけに互いに気まずい空気が漂った。


「この度は私の娘が大事な息子さんに怪我をさせたと伺いました。大変なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」

「いえ……とんでもないです。うちの子も娘さんにしつこく迫っていたようなので」


 だがユウが顔を上げた瞬間、親御さんの表情が曇り出した。こんな若い保護者がと怪訝な顔をしているのだろう。こういう場面は慣れているとはいえ、あまりいい気はしない。


「お兄様……ですか?」

「いえ、父です。再婚なので実子ではありませんが」


 更に不穏な空気が漂う。まともな家庭でないから暴力を振るうような子が育ったのだと前面に押し出すように主張してきた。


「幸い今回は鼻血だけで済みましたが、今後こんなことが起きないように厳重に注意してくださいよ? ほら、卓司。行くわよ?」

「あの、治療費は———? 後日改めてお詫びに伺いますので」

「結構です。その代わりうちの子に関わらないように言い聞かせて下さいませんか? 悪影響を受けかねないので」


 親が若いと言うだけで、こんなにも批判されなければならないのだろうか? シウの環境を改めて知り、胸が張り裂けそうだった。

 ただ、今回はあくまでこちらが加害者。素直に言い分を聞くしかない。


 根岸親子を見送った後、急いでシウの元へしゃがみ込み顔を覗き込んだ。顔面蒼白ですっかり怯え切った様子に胸が痛んだ。


「シウ、大丈夫か? 怪我はないか?」

「私は大丈夫……でも根岸が」


 故意に犯したことではないのはシウの様子から明白だった。ガタガタと震える肩に手を添え、ゆっくりと肩を摩った。

 その後、担任の先生と話をしたが、あまりにもしつこく絡んでくる根岸を振り払おうとした時にカバンが当たって流血したらしい。あまりにも派手に出血した為、大事おおごとになったと教えてくれた。


「すいません。今日はまともに授業を受けることもできないと思うので、早退させてもらってもいいですか?」

「勿論です。あ、そうだ……お名前ですが」

「永谷です。シウとは名字が異なるんですが、妻が仕事の関係で旧姓を名乗っているもので」

「そうなんですね。それじゃ既存の連絡先を追加しておきますね。あと今回の件ですが、うちの高校は個人情報保護などの関係で相手の住所を教えることなどができないんです。なので改めてお詫びなどはしなくても大丈夫ですので」


 最近の高校はそうなっているのかと考えながらユウ達は校長室を退室した。幸い登校した時のままだったので荷物は揃っている。


「ごめんね、ユウ……私のせいで」

「気にするなよ。シウもビックリしただろ? 思っていたよりも大事にならなくて良かったよ」


 ゆっくりとした歩調で進む彼女に合わせて駐車場へと向かった。その間、反対側から一人の中年男性が校舎に入り、周りを見渡していた。


「あのスイマセン。私、守岡と申しますが、校長室はどこにあるか教えて頂けませんか?」

「校長室ですか? それなら突き当たりの階段を登って二階にありますよ」

「どうもご丁寧に、ありがとう」


 スーツを着用していたユウを教師と勘違いしたのだろうか? 校長も他に約束をしていたのなら、場所を選んで欲しかったと苛立ちを覚えた。


「行こうか、シウ」


 こうして二人は学校を後にした。



 ・・・・・・・・★


「どうしたら彼女を取り巻く悪意からシウを守ることができるのだろう……?」


 いつもお読み頂きありがとうございます。今回は次話まで含めての騒動になるので……もう一話更新します。

 次の更新は17時05分を予定しております。

 続きが気になる方は、フォローをよろしくお願いいたします。

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