第10話 何だか空気がギスギスしてない?

 あの日以来、露骨に避けるシウを疑い始めたイコは、コソッと相談を持ちかけてきた。


「ねぇ、ユウ。シウの様子がおかしくない?」


「それは僕が原因です」———と、言えたらどれだけ楽だろう。苦笑を浮かべながら「そうかな? 気のせいだよ」って心にもない言葉を吐いて、ユウは眉間を押さえた。


 色々考えたけれど、結局どうすることもできない。


 親子である以上シウの気持ちに応えることはできないし、何よりもユウには最愛の人イコさんがいる。そう、この裏切りは不倫だ。社会的にも許されることではない。


 だが白状することもできない。

 ずっと幼児期の頃から面倒を見てきた男と愛娘がキスして、性的に絡んでいたなんて———逆の立場なら、相手を殺して自分も死ぬ。


「どうしたの? ユウくん?」

「いや、僕は……!」


 人間っていうのは、上手く嘘をつくことができない不器用な生き物なのかもしれない。隠そうとすればするほど怪しい行動を取ってしまうのは、悲しい性なのかもしれない。イコは目を泳がせたユウに近付いて、険しい表情を作った。


「何か隠してるでしょー? もしかしてケンカでもしたの? もう!」


 って怒っていたくせに、すぐに嬉しそうに笑って。そんなに人が困ってるのに、何が面白いのだろう?


「ごめんね、違うの。ケンカだなんて、まるで本当の家族みたいだなって思って。あ、いや、ずっと家族なんだけど……ね? ユウくんとシウはちょっと他人行儀になったところがあったから」


 そう、シウが小さい頃は兄妹のように仲が良かったのだが、彼女が思春期に入った頃からギスギスするようになった。それこそイコさんと入籍したくらいからだ。


「嬉しいんだよ、少しずつ家族になってきたみたいで」


 ———ごめんなさい、イコさん。

 実際は家族継続の危機なんです。


 ほころぶような笑みを浮かべた彼女に申し訳ないと、謝りながら誤魔化して逃げた。


 この平穏を保つためにも、早く仲直りしなければならない。今日もユウを避けて早めに家を出たシウにメッセージを送った。


『今日、話がしたいんだけど何時に終わる?』


 スマホをポケットに直そうとした瞬間、受信を知らせる振動が伝わった。送信者はシウだった。


『話すことない』


 ———想定内の答えだ。


『ワシントンホテルのディナーを奢るから、お願い。僕に時間をください』


 すると少し時間をおいて、一枚の写真が届いた。それは肌けた胸元を主張したシウの写真。寄せられて出来た不自然な谷間とチラッと覗かせる下着。分かりやすい挑発的な写真にも関わらず、刺激的で可愛い画に熱くなった顔を手で隠した。


『私は全力で落とすよ? いいの?』


 いや、よくない……けど、気まずいままよりはいい。


『僕は拒むけど、いいの?』

『よくないけど、初めからなかったことにされるよりはいい』


 ———イコさん、ごめんなさい。


「僕が好きなのはイコさんだから」


 だから信じて待っててください。自分自身に言い聞かせるように、ユウは呟いて職場へと向かった。



 ・・・・・・・・★


ていのいい言い訳を並べて、きっと落ちる先は甘い地獄」


  お読み頂き、ありがとうございます。

 次の更新は06時45分を予定しております。

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