第4話 ユウくん、大好き、大好き……なのに

 アポイントがない平日は比較的早く帰れる為、ユウはこの間に家事を済ませるようにしていた。

 乾燥まで済ませた洗濯物を畳んでお風呂の掃除をして、食事の下準備に取り掛かる。

 年頃の娘と三十路を超えた奥さんは、あまり夕食を食べないのでスープとサラダくらいしか作る必要がない。手間がかからないので嬉しいような物足りない気もするが、それは仕方ないだろう。


「シウも……部活で遅くなるか。迎えに行った方がいいかな?」


 高校に入ってからテニス部に所属したシウだが、最近は帰宅が遅くなりがちだった。

 寄り道をしているのか、ユウ達に言えない彼氏内緒の友達が出来たのかは分からないが、せっかく楽しんでいる学生生活に口を出すのは野暮ってもんだろう。


 スマホを確認しながら二人の帰りを待つが、この時間はそんなに嫌いじゃない。アプリで音楽を流しながら、鼻歌まじりに時間を過ごしていた。



「ただいまー……ユウくん、いるー?」


 施錠を解除する音と共に家に入ってきたのは、すっかり出来上がった千鳥足のイコさんだった。

 飲み会だったのか。夕食がいらないのなら連絡の一つくらい入れて欲しかったなと頭を掻いた。


「おかえりなさい、イコさん。もしかしてご飯済ませた?」

「えへへー……、ゴメンね? 今日は後輩のコンペが通ったから、つい」


 つい……じゃない。

 せっかく今日はイコさんの好物であるアボカドとベーコンのサラダを作ったのに。喜んでもらえると思っていただけに、若干虚しさが込み上がってきた。


「あーん、拗ねないで? ユウくんのご飯もちゃんと食べるからー」

「いいよ、無理しなくても。夜は食べ過ぎたくないんでしょ?」


 反抗心じゃないが、少し意地悪をするように拗ねていると、イコさんがギューっと抱き締めて顔を埋めてきた。


「もう、ユウくん……怒らないで? ね?」

「別に怒ってないよ。僕はただ、飲み会なら一言連絡が欲しかったってだけで」


 すると彼女の顔が近付いて、そのまま唇を塞いできた。お酒と揚げ物の油っこい匂いが鼻腔を突く。正直こんな分かりやすいご機嫌取りは嬉しくない。


「ん……っ、イコさん、酔っぱらい過ぎ」

「えへへー。だって今はシウがいないでしょ? 少しくらいは……ね?」


 普段の彼女とは違う一人の女の顔に変わった。意地悪な顔で、ニヤッと笑みを浮かべて。


 しかしユウとイコの間には、キス以上の関係は存在しなかった。

 避妊具をしていたにも関わらず妊娠したトラウマを持つ彼女は、一線を超える恐ろしさを痛いほど味わったのだ。


 その為、そんな彼女に気遣っているユウは未だに女性を知らなかった。ずっと未経験のままだった。


 それでも後悔はない。

 好きな人の笑顔を間近で見れるのだから。


「ユウくん、いつもありがとう……」


 ふと、水城の言葉が脳裏を過った。

『普通じゃないですよ、先輩』


 確かに狂っているのかもしれない。普通の人間じゃ、こんな生活耐えられないだろう。


 ユウは愛しい人イコの頭を撫でながら色々と思いを巡らせていた。




 ・・・・・・・★


「それでも今更、退けやしないけれど」




 お読み頂き、ありがとうございます。


 すいません、土日一気更新と伝えましたが、通常とおり一日2回更新で公開します。

 申し訳ございません……!


 次の更新は12時05分を予定しております。

 続きが気になる方は、ブックマークをよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る