第2話 歳の差なんて、些細な問題だよね

「子供の頃の五歳差は別世界の人間かってくらい大きな壁に思っていたけれど、大人になると気にならなくなるよね」


 ふと思ったことをユウはそのまま口にした。

 見た目が老けているとその差は開いて見えるけれど、イコさんは年齢の割に若く見えるから、自分と同じ年だよと紹介しても鵜呑みにされる容姿だった。

 だが、それはあり得ないと異議を抱いた彼女は、ワナワナと拳を震わせながら殴りかかって来た。


「そんなわけないでしょ! 私はもう三十路過ぎ! 大きいわ、五年は!」


 ここは素直に殴られてあげれば良かったのかもしれないが、大振りの攻撃を避けてしまったので余計に憤りだした。子供のように地団駄を踏んで、年長者がみっともない。


「気にし過ぎだよ。ねぇ、シウ。イコさんは若くて綺麗だよね?」

「………まぁ、保護者の中ではマシな分類なんじゃない?」


 高校生になり少し反抗期気味な娘のシウは、若干面倒そうに答えた。そんなシウの言葉に頬を膨らませて、またしても子供のように怒るイコ。これではどっちが母親か分からないと呆れ気味に眺めていた。


「もうシウ! アンタは若いから分からないけど、年を取ると現状維持するのが大変なのよ?」

「はいはいー……。それよりもユウ。早くしないと遅刻するよ? 早く行こうよ」


 もうそんな時間かとカバンを手に取って玄関へ急いだ。

 職場へ行くついでに娘のシウを高校まで送るのがユウの日課だった。ついこの間まで小学生だったシウが高校生だなんて信じられない。


 シウも母親イコにそっくりな美人で、かなりモテていることを知っていた。彼女に近付きたいと大勢の男子生徒が教室に集って大変だったとか、部活の勧誘を断るのも一苦労だったとか。この間も芸能界に興味はないかとスカウトから名刺を渡されていたのを知っている。


「私よりもユウの方がモテるくせに。知ってるよ、この前も連絡先とお菓子をもらってたでしょ?」

「それは———……まぁ、大した意味はないと思うよ? その人も僕が既婚者だということを知ってるし」


 大抵の人に実状を話すと驚かれるが、イコとユウは立派な夫婦だし、シウも家族だと認められている。ずっと想い続けていた憧れの人と結婚することができたのだ。これ以上の幸せはないだろう。


「ユウって、本当にお母さんのことが好きだよね」


 助手席に座ったシウは不貞腐れるように外を見て、頬を膨らませて拗ねた。

 本当に、自分以外には関係のない些細なことだが、シウはずっと「お父さん」ではなく「ユウ」と呼ぶ。結婚する前からの名称で言いやすいからというけれど、父親として認められていないようで少し寂しい。いつかお父さんと呼ばれたいと思っているけど、当分の間は無理そうだ。


「なぁ、シウ。今日の帰りはどうする?」

「待ってるから迎えを頼んでいい?」

「分かった。それじゃ頑張ってね」


 車から降りたシウは、少しだけ紅潮した頬を手で覆い隠しながら「いってきます」と呟いた。


「———大きくなれば歳の差なんて気にならない……か」


 シウは嬉しそうな笑みを浮かべて、軽い足取りで校舎へと向かった。そんな彼女に気付くことなく、ユウは職場へと急いで向かっていた。



・・・・・・・★


「二人の間にそびえる壁は、それよりも高いけれど」


 お読み頂き、ありがとうございます。

 次の更新は17時05分を予定しております。

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