【企画用小説】米沢 琉架 前日譚

夜猫シ庵

はじまるまえの。




入学を目前としたとある日、僕は髪を染めた。





がやがやと耳障りな人混みのなか、いつもの道を歩いていく。

行きつけの駄菓子屋を覗き込むと、窓ガラスに反射してこれまたいつもの僕の……

とはいかない。

派手なメイクと髪の色、紫がかったカラーコンタクト。

昨日までとはまるっきり別人の顔をした”米沢琉架”がそこにいた。

とはいえ、特段それについて衝撃を受けることもなく、僕は再び足を進める。

学校が始まる前にしておきたいことは、まだまだあるのだ。

マジック道具の新調、髪色に合いそうなチョーカー探し、ストックが切れてきた飴を買い足して、そして過去を清算する。

街角のニュースや買い物客の話し声は、ずっと同じ話題を繰り返していた。


魔法、結界、学園。


結界が壊れ、魔法使いとの共存が決まったときから、この世界は壊れたレコードのようにあちらこちらで同じ議論を続けている。

世間様から未来を託された若者がこんなことをいうのもどうかとは思うが、正直面倒すぎて、もうなるようになれという感じだ。

魔法使いも、人間も、精々飴玉とクッキー程度の違いだろうに。

……いや、このたとえは人の嗜好で意味合いが変わってしまうか。

もう少しニュートラルな例えを用意するとしたら、そう、ヒトと猿だろう。

魔法がどれだけのものなのか、僕は知らない。

学園の入学を控えた今でさえ、実際に魔法使いと交流した経験はゼロだ。

けれどもし、魔法使いが知能や運動能力で概ね僕ら人間と変わらず、そのうえで魔力というようなものを宿しているのなら。

小さな公園で腰を下ろし、僕はわざとらしくため息をついた。

これでは、人間側も共存を望むわけだ。

やりあって勝てる相手ではない。

買ったばかりのマジック用トランプを、無力感とともに弄ぶ。

昔は一つ出来るマジックが増える度に、自分が偉大な魔法使いになった気になっていたっけ。

そんな僕の可愛い幻想は、魔法使いの存在を知ったときに崩れ落ちた。

折角イメージチェンジしてきたというのに、矢鱈と気分が思い。

さっさと最後の用事を済ませてしまおう。

周囲に人がいないことを確認してから、破っておいた本のページを投げ落とすと、続けて火をつけたマッチを投げ入れた。

くしゃくしゃにしていた紙たちから、煙が上がる。

火種は白いページに焦げを広げながら、そこに書いてある内容とは対照的に、美しく、予測できない危うい魅力を振りまきながら踊っていた。


なにかになれると疑わなかった。

ありのままの自分でいられると思っていた。

理解されなくても、欺きたくはなかった。


そのどれもが叶わなかった今までの僕の記録が、縮んで、燃えて、灰になる。

人間と魔法使いの共存なんてことには興味はない。

ただ、今度こそ僕は、僕のまま生きてやる。

燃えカスになった過去を回収して、もう帰ろうかと腰を上げたそのとき。

なぁお、と聞き覚えのある鳴き声が僕の耳に入ってきた。


「お、ねこ太郎」


どうやら、火がついている間は怯えて近寄れなかったらしい。

僕の友人である野良猫、ねこ太郎は、上機嫌に足元へとすり寄ってきた。

ふわふわとした毛並みが暖かくて、僕も自然と笑みが溢れる。


「そうだ、今日は新しいトランプを買ったんだよ。僕のマジック、見てくれるかい?」


ねこ太郎の頭を撫でてやってから、先程開封したばかりのトランプを取り出す。

新品のため、直ぐにうまくいくかは分からないが、ねこ太郎相手なら怖くはない。

手に吸い付く勢いのねこ太郎を一旦落ち着かせ、マジックの種を仕込む。


「ホラ、よぉく見ているんだよ?……それっ!」


ぱんっ、と両手でクラブのAをはさみ、ねこ太郎に向かってゆっくりと開く。

そこにあるのは、クラブの2。

もう一度はさむとクラブの4、次は8…………

使用はじめにしては上手くいったほうだろう。

ドヤ顔でねこ太郎のほうを見てみるが、当然ねこ太郎はキョトンと丸い瞳で僕を見上げるばかりだった。

どんどん数字が倍になっていく、という面白みまでは流石に猫には伝わらないらしい。

派手なものは驚いてくれることもあるのだけれど。

ねこ太郎には悪いが、ちょっぴり失望してしまったのを覆い隠すように頭を掻く。

もうずっと、人間にマジックを見せられていない。

最初はある程度喜んでくれるものの、僕程度のマジック、何度も見せられては飽きていく人が殆だ。

ネタを変えても、趣向を凝らしても、最後には皆大人ぶって


『そんなことより、もっと未来に活かせることをしたら?』


だなんて言うのだ。

もう、つまらない人間たちになんて見せたところで。


「人間……?」


そこで、突然に思い浮かんだ。

だったら、魔法使いはどうだろうか。

魔法を使う彼らは、僕のマジックをくだらないと思うだろうか。

それとも…………

抑えきれず、口元が弧を描く。

上を向き、勢いよく立ち上がって胸一杯に息を吸い込んだ。



これは可能性だ。

魔法使いはマジックに夢を見るのか。

僕は魔法使いに夢を見れるのか。


世界はがらっと変わった


僕は過去を灰にした


僕は



先程よりもずっと上を向いた気分のまま、公園を後にする。

僕は僕のままこの世界を生きてやると、もう絶対に僕を裏切ってやるものかと。

強く強く、胸に刻みつけて。


みんなみんな退屈そうだね、僕が一発魅せてやろうか?

ゆらりゆらりと猫が笑う。平凡な狂気を滲ませて。



入学初日まで、あと××日。



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