第7話新たなヒロイン
「崎森。ちょっと来て」
一つ上の上司である時雨ミサトに声を掛けられた僕は彼女の後をついていく。
休憩室へと向かった僕らは缶コーヒーを二本購入して腰掛けた。
「たまたま耳にしてしまったんだけど…」
その様な話の始まりに僕は少しだけ嫌な予感を覚えた。
だが缶コーヒーのプルタブを開けて口に運んで頷くだけだった。
「九条と名波と古川と付き合っているんだって?」
やはりその話かと勘が当たると口に含んでいたコーヒーを飲み込んで答えを返す。
「誰から聞いたんですか?」
「いや、本人たちが話している内容をたまたま聞いてしまって…その内容的に崎森と三人が付き合っているって想像できたんだ」
「なるほど」
「それで。どうなんだ?付き合っているのか?」
「はい。会社の人間ではないんですが…もう一人彼女が居るので。全員で四人ですね」
僕の言葉を耳にした時雨は呆れたように嘆息すると額を抑えて息を吐く。
「野暮なことは言わないが…気をつけるんだぞ?」
「もちろん。大丈夫ですよ」
「それなら良いけどな…」
そこで話は終わりだと思い、僕は席を立とうとする。
「もう少し待って欲しい」
時雨はまだ言い足りないらしく思案顔で床を見つめていた。
「どうしました?他にもなにか?」
「あぁ…ちょっと待って」
時雨の言葉を待つように再び腰掛けると缶コーヒーを口に運ぶ。
休憩室で二人で過ごしている時間が十分程経過したあたりでやっと時雨は口を開く。
「恋人の定員なんてものはあるのかな?」
「定員ですか?今のところ無いですよ」
「節操なしだな…」
「そうじゃないですけど。一緒に住んでいるので恋人達が険悪にならなければ何人居ても構わないんです」
「………」
時雨は再び沈黙を貫き通すと床を見つめる。
「もうそろそろ戻らないといけませんよ。サボりだと思われます」
「あぁ…そうだな。じゃあまた後で」
「後で?何かあるんですか?」
「いや、覚悟が決まったら言うよ」
「なるほど。では後で」
時雨とその場で別れた僕は再び仕事に取り掛かるのであった。
仕事中にカレンから通知が届く。
「時雨さんにアタックされてます?」
それに肯定の返事をするとカレンはすぐにレスポンスしてくる。
「告白してあげたほうが良いんじゃないですか?」
「どうして?」
「仕事も手に付かないみたいですよ。さっきもミスして珍しく課長に怒られていましたし」
「そっか。考えておく」
「前向きにですよ」
「分かってる」
それだけ返事を送ると終業時間まで業務に励むのであった。
残業もなく仕事を終えた僕とは正反対に時雨は残業に追われていた。
「手伝いますよ」
時雨のデスクまで向かうと声をかける。
だが彼女は首を左右に振ると申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「帰って恋人の相手してあげなよ。私に構って無いで…」
明らかに精神的に憔悴しきった時雨に嘆息すると彼女のデスクの隣に腰掛けた。
「良いから早く終わらせましょう」
「………ありがとう」
そこから数時間掛けて時雨の残業を終わらせると僕らは揃って退社するのであった。
「今日はありがとうね。本当に助かったよ」
「いえいえ。話は変わるんですが…」
「ん?何かな?」
「時雨さんも恋人になりませんか?」
「え…崎森の?」
「そうです。きっと楽しい毎日になりますよ」
「でも…」
「それに仕事も手に付かないのは困りますし」
「バレてたか…」
「どうします?」
「じゃあ…不束者ですが…お願いします」
会社から駅までの帰り道に僕らは恋人関係へと発展する。
後日、時雨ミサトもマンションへと引っ越してきて恋人は五人になるのであった。
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