1-15 疑心暗鬼
7月6日 日曜日
私は昨晩のニュースが気になり、身支度を素早く済ませ、開店時間に合わせてアルバイト先のテリアへと向かった。
あの勝己さんが事件の共犯者だなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。私は勝己さんをよく知らないが、そんな悪い人とは思えなかった。
テリアの常連なので、奥井夫妻なら何か知っているんじゃないかと思った。
店へ着くと入り口のドアのところに臨時休業と書いてあった。
ノックすると中から絵里さんが開けてくれた。店内には花さんもいた。店長さんは見当たらなかった。
「あ、あの、昨日のニュース、朝もやってましたけど、勝己さんって本当に事件の共犯者なんですか?」
私は、焦って聞いてしまう。花さんが何か言おうとしたが、絵里さんが制止し答えてくれた。
「そんなわけないじゃない、嵌められたの」
突拍子もない言葉に戸惑ってしまう。花さんが補足するように説明してくれる。
「あの事件の時、私の息子が殺されたのよ。息子は勝己さんの弟子で事件について調べていたわ」
「え、息子さんが……」
「そうよ、誰に殺されたのか、警察も全く動いてくれずに勝己さんが調べてくれていたの。娘にも頼んだけど少し複雑でね。それで最近、一つ進展があったのだけれど、その代償としてはあまりにも酷なことになってしまったわ」
花さんは涙ぐんでいた。絵里さんも泣きそうな表情だった。私は花さんや絵里さんのこんな表情は見たことなくて悲しくなった。
絵里さんも重い空気の中、口を開く。
「殺された花さんの息子さんは私の恋人だったのよ。翔っていうの。私も最近、勝己さんから新しい情報があったと伝えてもらったら、こんなことになったの」
「で、でも、どうして……」
私はなんていったらいいか分からなかった。
その時、店長さんが戻ってきた。
「みんな、いたのか。勝己の件だが今は何も調べたりするな」
店長さんは険しい顔つきでそう言った。
「警察にも言うな、今は誰も信用してはならない」
店長さんらしからぬ発言に困惑した。
とりあえず、家に帰るように私は言われ、念のため花さんに家に送ってもらった。店は今日は休むが明日からは普通に営業するという。
私は色々な情報で頭の整理が追いつかなかった。そして奥井夫妻の息子さんが殺されたという事件についてネットで調べた。
事件の発端は2023年、とある宗教団体が政党との癒着をスクープされ、政教分離を訴えた他の政党の代表を過激派組織を用いてテロまがいの事件を起こした。それに屈することなくその政党の政治家たちは声をあげ、政策を推し進めた。そして事件は起こる。
2023年10月、1人の政治家が暗殺された。そしてまた1人、また1人と。
被害者は死者3名、重症者7名、軽傷者に至っては十数人になる。
しかし、不思議なことに厳重な警備の中でも、それをすり抜け、殺害されたり、殺害未遂が起こった。
その奇妙さ故にネット上では陰謀論なども囁かれ盛り上がっていたようだった。私はその時、高校生でそこまで深くは知らなかった。
そしてある時を境に、ピタリと事件は終息を迎えた。
首謀者が捕まったからである。とある宗教団体の信者だった。特定の団体名は公表されていない。
しかし、あまりに不自然なあっさりとした幕引きにネット民たちは考察を続けている者も多く、謎に包まれている部分も多い。
私はとある記事に目を奪われた。その信者の信仰していた団体の名前を耳にしたことがある。
私は恐怖を覚え、誰かに相談したかった。里見に聞いてみても流石に分からないと言われた。そこで佐野さんに聞いてみようと連絡したら、直接あって話をしてあげると言われた。
明日の放課後に会うことになった。嬉しい反面、怖さもあった。佐野さんは何か知っているようだったからだ。
私はこの日は寝られなかった。恐怖を紛らわせるためにいつものドリンクを飲み横になったまま、片っ端から調べ続けた。いつの間にかカーテン越しに朝日が差していた。
久しぶりに徹夜してしまった。
大学へ行く準備をしつつ、朝食を食べていると佐野さんから「今日の夕方空いてる?」と連絡が来ていた。私は「大丈夫です」と返しサークル席で会うことに。
ー午後17時ー
4コマ目が終わり、サークル席に向かう。中へ入ると佐野さんしかいなかった。基本的に誰もいないが、暇な時に自習室として使ったりしている人もいるらしい。
「お疲れ、お茶でも淹れるからそこに座ってよ」
佐野さんにそう言われる。2人きりで少しドキドキしていた。
「あの事件について何を知りたいの?」
「わ、私、その頃、高校生でよく知らないんですが、調べていたら
「そうなんだ、俺もその頃かな。不幸が重なっていて元カノに紹介されてこのサークルに入ったんだ。それまではサッカー部だったんだけど、怪我しちゃってね」
そんなことがあったのかと思いつつ話を聞く。
「でも、サークルに入って
「茉莉花ちゃん、ネットの話はどこの誰が書いたか分からない。鵜呑みにしちゃだめだよ」
確かにそうだった。私は知り合いが逮捕されたショックのあまり勢いで行動してしまっていたが、冷静に考えたら佐野さんの言う通りかもしれない。
「そ、そうですよね。すいません」
「まあ無理もないよ、怪しい団体だとネットなんかでは書かれているからね。でも彼らは何を知っているのかな。多分、何も知らないと思うよ」
佐野さんの言葉には説得力があるように感じた。私はどこの誰かも分からない書き込みよりも目の前の佐野さんの言葉を信じた方が合理的だと考えていた。
その後、少し雑談をし佐野さんは予定があるからと帰ってしまった。
翌日、午後4時半、アルバイトがあるのでテリアへ向かう。
「あら、おはよう、昨日は勝己さんを心配してくれてありがとうね」
「い、いえ、こちらこそ押しかけてすいません」
私は花さんに聞いてみた。
「あ、あの、花さん、
私は何気なく聞いたつもりだったが、花さんが動揺する様子を見せた。
「茉莉花ちゃん、なんで知っているの?」
少し怯えた様子で花さんは言う。
「私の先輩が入っているみたいで、なんなのかなって気になって」
私の入っているサークルが関わりがあることは伏せて話した。
「そ、そうなのね。悪いことは言わないわ、関わることは控えた方がいいわ」
私には花さんがなぜそんなことを言うのか理解できなかった。
「何かあるんですか?NPO法人って聞きましたけど」
「まあそうね、そうかもしれないけど奴らはカルト団体よ」
花さんは少し強い口調で言うが私には信じ難い話だった。
「いい、茉莉花ちゃん奴等を信じちゃダメよ。おそらくだけど、あの団体に私の息子は殺されたのよ」
衝撃の発言だった。私は誰を、何を信じたらいいのか分からなくなっていた。
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