1-12 異変

 6月22日 日曜日

 今日は朝から不快感がすごい。昨日ドリンクをもらってきたのをいいことに、1本をがぶ飲みして寝てしまった。

 吐き気を催し、トイレへと駆け込む。食道から逆流してくる不快な吐瀉物をぶちまける。口内が苦味で充満される。

 しばし、放心状態になるが立ち上がり、キッチンまで行く。

 蛇口をひねり、水を飲む。そして深呼吸をし、またベッドで横になった。

 私はどうしてしまったのだろうか。頭がグルグルするような感覚。三半規管が麻痺しているようだ。めまいも起こしている。

 とりあえずじっと耐えるしかなかった。明日、病院へ行こう。そう思いながら、その日は寝て過ごした。


 翌朝、月曜日

 気づくと午前11時ごろだった。優子から着信が入っていた。朝の講義を結果的にサボってしまっている。具合が悪く出れないと連絡する。

 少し、落ち着いてきた。念の為に体温計で熱を図るが平熱だった。

 しばらく、横になり午後から病院へ行くことにした


 13時ごろ、私は病院にいた。歩くのも気持ち悪いが、なんとか近くの内科にこれた。問診を受けるがこれと言って所見ではわからないと言われ、検査なども受けるが異常は見当たらなかった。

 念の為、薬をもらい帰宅する。

 家へ着くと、薬を飲みベッドで横になるが、よくなる気配はない。

 ドリンクが原因かはわからないが、飲みたくなったので、コップに注ぎ半分くらいの量を飲んだ。

 すると、少し冷や汗をかく様な感覚に陥るが、徐々に気分が良くなってきた。

 薬よりもこのドリンクの方が効き目あるなんて不思議、そう思い今日は学校を休んだ。


 6月26日 木曜日

 あれから3日ほどたち、体調は完全に回復していた。念の為、今日までは休んでいた。今日は朝から夕方まで講義が詰まっている。

 午前の授業をこなし、お昼時間。優子と食堂へきていた。

「あんた、しばらく休んでたけど大丈夫、連絡しても大丈夫しか言わないし」

「だ、大丈夫、特に何もないよ。疲れてただけかも」

「ならいいけどさ、サークルも夏は気をつけな、熱中症とかね」

 心配する優子、言われてみれば熱中症だった可能性もある。私は水分を取らない時もあるし、あの時も炎天下の中、作業しっぱなしだった。

「今日はバイトも行くんでしょ、無理はしないことよ」

 釘を刺される。確かに今までの自分と比べたらハイペースで色々とやりすぎたのかもしれない。

「あ、ありがと、優子もサークル、気をつけてね」

 そういうと優子は「大丈夫よ」と強気に言って見せた。


 3コマ目の講義を優子と一緒に受け、別々な授業へと向かう。

 私は体育の科目があるので、ジャージに着替え、バレーをした。

 インドア派にはなかなか辛い講義の時間だった。


 疲れた体を奮い立たせるようにドリンクを飲み、テリアへと向かう。

 3日ほど休んだおかげなのか体はまだ平気そうだ。


 ー午後5時半ー

 テリアへと付き、着替えを済ませる。

 今日は花さんが休みだそうで店長と絵里さんに仕事を教えてもらう。

 店長はあまり表に立たず後ろで事務作業やケーキなどの仕込みを行なっている。

「あんた、体調はどう?」

「だ、大丈夫です、この間はご迷惑をおかけしました」

「別に暇だし大丈夫よ、店長が心配してたよ」

 絵里さんやみんな、心配してくれている。体調管理は気をつけないと、そう感じた瞬間だ。

 今日も相変わらずお客さんはほぼいない。

 レジに立つこと1時間、誰かが入ってきた。

 常連の勝己さんだった。

「あれ、茉莉花ちゃんだっけ?この間は大丈夫だった?」

 世間は狭いのか、みんな私が体調を崩したことを知っている様子だった。

「はい、大丈夫です」

「そっか、ならいいんだけど、茉莉花ちゃんのコーヒーもらえる?」

 そう言われコーヒーをいれる。絵里さんじゃなくていいのかな。

 そう思ったが、絵里さんにも淹れてみなさいと言われた。


 出来上がったコーヒーを勝己さんの元へと運ぶ。

「お、お待たせいたしました」

 少し震える手でこぼさぬ様、注意を払い、テーブルにコーヒーを置く。

 勝己さんは少しだけ匂いを嗅ぎ、そのまま口にした。

「うん、美味しいよ。君さすがだね、まだ入って間もないのに」

 みんな優しく褒めてくれて嬉しかった。

 

 お礼を言い席を離れようとした時に、勝己さんから声をかけられる。

「ねえ、茉莉花ちゃん、君の大学でマルチ商法の勧誘とか受けてない?」

 唐突な質問で困ったが、私はマルチ商法が何なのか分かっていなかった。

「うーん、よくわからないですけど、ないと思います」

 そう答えた。勝己は「ありがとう」とだけ言い、再びコーヒーを飲みつつ手帳を広げていた。


 私は一旦レジに戻る、もう時刻は19時に近かった。絵里さんからもう一度、レジ締め作業を教えてもらいながら作業する。

 勝己さんと常連でいつもいるお爺ちゃんから代金をもらい、レジを閉められる状況にしておいた。

 その後は誰も来なかったので店長がもう閉めるといい、少し早いがクローズの札を出し、8時前に勝己さんとお爺ちゃんも帰っていった。


「お疲れ、2人とも。今日もケーキあるよ」

そういい、店長からあまりもののケーキをもらう。絵里さんと一緒に事務所に入り着替えて帰ることにした。


「そういや、あんたさ、なんでここでバイトしようって思ったわけ?」

 絵里さんに尋ねられる。

「わ、私、カフェとか好きで、たまたま見つけて」

「へえ、そうなんだ」

 それだけだった。絵里さんは優しそうだが、所々、素っ気ない感じがする。

 着替え終わった後、途中まで一緒の道みたいなので一緒に帰ることとなった。


「ちょっとあそこでタバコ吸ってっていい?」

 絵里さんがコンビニでそういった。私は今日の晩御飯を買って帰ることにした。外に出ると絵里さんはまだタバコを吸っていた。

「ごめんね、普段、我慢しているからさ、匂い気になる?」

「い、いや、大丈夫です」

「ここ、最近さ、売ってるくせに吸う場所なくてね」

 確かに私はよく知らないが、昔に比べると喫煙者の人口も減り、屋内なども商業施設ではほとんど吸う場所はない。私は田舎の出身だから、その辺で吸ってる人も見かけたが、こっちにきてからは少なく感じる。

「あんた、少しは慣れた?」

「え、はい、少しは……」

「ならいいんだけど、何かあったらすぐ言いなよ」

「は、はい」

 絵里さんがタバコを吸い終わると、また歩き出して帰り道に戻った。


「あんた、少しおどおどしてるけどさ、堂々としたら、まあ気持ちはわかるんだけどね」

「わ、わかりました」

「実はね、私もあんたからどう見えてるかわかんないけどさ、学生の頃はあんたみたいだったよ」

 意外な言葉だった。絵里さんは活発というかヤンチャな雰囲気を感じていたからだ。

「そ、そうなんですね、どうしたら変われますか?」

「自信をつければいいんじゃない、ちょっとずつでも自分を受け入れていくことね」

 自分を受け入れる、その言葉に衝撃を打たれたような気分だ。

 確かに私は自分自身に自信がない。自分が嫌いなわけではないが。


 家まで近づくと絵里さんは「私はもう少し向こうだから」といい、去っていった。


 家に帰り、先ほど買ったご飯を食べながら絵里さんに言われたことを思い出していた。

 自信をつけるか、どうしたらいいのかな。

 考えても今の私にはわからなかった。

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