06 ガレキの街[前編]
「うん。書き終わった」
「そっか。じゃあ、行くか」
書き上がった手紙を畳んでポケットに突っ込んだアユミに向かってアユムが手を差し出し、アユミはその手を取って立ち上がり「うん」と笑って頷いた。
アユミの手を握ってその体温を感じたアユムは思う。冷たい手だと。
「お前、手、冷たいな」
「アンドロイドだもん」
「……知ってるか? 手の冷たい人間って心が温かいんだってさ」
「じゃあ手の温かい人間はどうなの? アユムの手、温かいよ」
「そ、それは、」
「アユム、心の冷たい人間?」
「て、手が温かい人間だって心が温かいさ」
「ふーん。なんか変なの」
「ああ、もう、そんなことどうでも良いだろ。行くぞ」
繋いだ手を引いてアユムは一歩、踏み出した。
この一歩が二人の短い逃避行の始まり。
「ねぇ、アユム。なんでアユムはあんなとこにいたの?」
「ああ、あの家? あの家はさ、オレが前住んでた所なんだ」
「今は住んでないの?」
こくりと頷くアユム。
「ここはスラムだからな。大人はここを嫌うんだよ。いつまでもこんな所にいたくないってさ。だから別の街に引っ越したんだ」
「スラム?」
「貧民街だよ。金のない貧しい人間が住んでる街。皆、この街のことをこう呼んでる。〈ガレキの街〉って。ほら、今歩いてる道もそうだけど、ガレキばっかだろ? この街」
「ガレキの、街。……あたしは好きだな、その呼び方。あたしが元はガレキ――ううん、ガラクタの寄せ集めみたいなものだったからかな」
「ガラクタの寄せ集め?」
兵器だったらガラクタの寄せ集めってことはないだろ? と付け足す。
「言ったでしょ。〈元は〉って。どんな機械だって最初はガラクタだよ。でも人間はそのガラクタを色んなものに造り替えた。あたしは人間のそういうとこね。すごいと思ってる」
「どんな機械だって最初はガラクタか。確かにそうだよな。……あ、機械じゃなくてもそうだな。家だって元は木や土だったりするし。確かにすごいな。じゃあ、いつかはここのガレキもガレキじゃなくなる日が来たりするのかな」
「来るよ、きっと。でも、」
そこで言葉を止め、立ち止まり、辺りを、ガレキの街を、見渡す。
「戦争には利用されたくないって、思うんじゃないかな」
「アユミはやっぱり嫌か? 兵器として利用されるの」
「嫌だよ。前まではそんなに意識してなかったけどね。この街に来てから、アユムに会ってから、なんかそういうこと意識するようになった」
アユムは考えてみる。兵器として利用されるということを。まず最初に〈利用される〉という時点で嫌だと思った。
それが良いことならまだ良い。でも兵器としてだ。アユムだって戦争が起こった国がどういうことになるのかくらい知っている。
「……そりゃ、誰だって嫌だよな」
「うん。誰だって嫌だよ」
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