05 天国

「アユム。あたし、アユムのこと信じる」


 アユミがアユムの隣りに膝を抱えて座り込みアユムを見て言った。

 そしてアユムが何か言葉を発するよりも先にアユミが言葉を続けた。


「アユムはアンドロイドって知ってる?」

「へ? アンド、ロイド?」

「そう。アンドロイド。知ってる?」


 いちいちアユミの言うことを気にしていたら苛つくだけだ、ということを覚えたアユムは相手に話を合わせる。


「そ、それくらい知ってるよ。ええと……確か、人間の形をしたロボットだろ? なんか政府が作ったでっかい組織がそれの研究してるって結構有名な話だよな。本当かどうかは知らないけど」


「有名な話なんだ?」

「なんだよ。お前知らないのかよ。有名も有名。すっげー有名な話。他の国に対抗する為に兵器として開発してるんだって。し、か、も、オレと同い年くらいの子供の外見してるらしくてさ。ほら、子供がまさか兵器だなんて誰も思わないだろ? それで子供にしか見えないアンドロイドを作って、相手を油断させようって訳だ。ま、こんな話、本気で信じてる奴いないけどなぁ」


 そんなことも知らないのかよ、とほんの少し得意気に語るアユムの話を黙って聞いていたアユミだったが、ここでも最後の言葉にだけ反応した。


「誰も信じてないの?」

「そりゃ信じないだろ。自分が住んでる国の政府が子供の姿をしたアンドロイド……いや、兵器作ってるなんてさ」

「信じたくないだけじゃないの?」


 言葉を返せなかった。どうして返せなかったのかはアユム自身にもよく分かっていない。


 そんなアユムをじっと見据えてもう一度アユミは言った。


「信じたくないだけなんでしょ。自分の住んでる国がそんなことしてるって」

「別に、そういう訳じゃないよ。馬鹿らしくて誰も信じられないだけだよ」


「――永田和彦。あたしのじーさん。あたしを創った人」

「お前を、創った、人?」

「そう。あたしはじーさんが創ったアンドロイド。って言ってもアユムは信じないだろうけどね」

「そりゃ……そんなこといきなり言われても信じられる訳ないだろ」


 でも、もし、それが事実なら。


 アユムはさっき空から降ってきたラムネの瓶のことを再び思い出す。


 アユミがもし、そのアンドロイドだというのなら、兵器だというのなら、とても強い力を持っているはずだ。


 そんな強い力で投げたら真っ直ぐ空からラムネの瓶が落ちて来ることもあり得るんじゃないか、という考えが頭の中を巡るが、いやいやいや、そんなことあり得ない、と首を横に振る。


 きっと馬鹿力なだけだ。きっとそうだ。アンドロイドなはずがない。


「何やってんの?」

「べ、別に何もやってないよ」


「アユム。あたし、言った。アユムのこと信じるって。だからアユムもあたしのこと、信じて」

「信じてって言われても……仮にお前がそのアンドロイドだったとしてさ、じゃあ、何でこんな所にいるんだよ。兵器だろ? 国家機密だろ? ほら、やっぱりあり得ないあり得ない」


「逃げてきたの。じーさんが逃げなさいって言ったから。国にあたしを兵器として利用させたくないんだってさ」


 口を開けばムカつくこともあるが見た目は可愛い少女だ。確かに兵器として利用させたくはないだろう。


「ま、今は別に信じてくれなくても良いよ。信じなきゃいけない時ははいつか来るからね」


「あー、良いよ。信じてやるよ。そっちの方が面白そうだから。で、何でそのじーさんは兵器として利用させたくないって思ったんだ? 元々兵器として創ってたのにさ。急に利用させたくなくなったって変だろ」


 アユムもまだまだ子供でこういう話は嫌いじゃない。嫌いじゃないどころか表情を見ると興味津々なのがよく分かる。


「それはあたしが自我を持ったから」

「じが?」

「あたしがあたしだって分かるようになったってこと。あたしが色々なことに興味を持ち始めたこと。あたしが感情を持ち始めたこと」


「最初のはよく分かんないけど色々なことに興味持ち始めたってことは分かる。感情を持ち始めたってことも、分かるな。でもロボットは普通感情なんか持ったりしないんだろ?」


「じーさんもあたしがなんでこうなったのかは分からないって言ってた。……それで国はじーさんに言ったの。あたしに生まれた自我を消去しろって。兵器として利用するのに自我なんて持ってたら邪魔だからって。じーさんは悩んだらしいよ。じーさんにはね。孫娘がいたんだって。もう〈天国〉に行っちゃったけど。じーさんは自我を持ったあたしを見て孫のことを思い出して、重ねて、結局、あたしに生まれた自我を消せなかった。そして言ったの」


「逃げなさい、か。で、お前がここにいるってことは上手く逃げられたってことか」

「そういうこと」


 アユミの話を信じる訳ではないが面白い話だとアユムは思った。けれど〈逃げる〉ということは〈追って来る者〉がいるということでもある。それをそのまま声に出してアユミにぶつけてみた。


「いるね。悪い奴ら。絶対捕まらないけど」

「そりゃ、兵器だもんなぁ。捕まえるのは難しいだろうな」


「うん。……あのさ、アユム。〈天国〉ってさ、どこにあるの? じーさんがあたしを逃がす時に言ってた。〈私はもうすぐ天国に行かなければならない〉って。あたし、じーさんのいる〈天国〉ってところに行ってみたいの。探したけど見つからないんだよね」


 天国。それはつまり死んだということだ。いや、行かなければならない、と言ったのならばそれは〈じーさん〉が悪い奴らに殺されるか、自殺するか。これから死ぬ、ということになる。アユミは天国を知らない。どう答えたら良いものかアユムは迷った。


「んー……、遠くて、近いとこ、かな」


「何、それ。よく分かんない」


「天国には行けない、けどさ。でも、楽園ならオレ、知ってる。行きたいなら連れてってやるけど」

「楽園? 行く! 行きたい! あ、待って。手紙書く、手紙。じーさんに手紙。楽園ならじーさんへの手紙、届くかもしれないから」


 そう言ってワンピースの右側のポケットから折り畳んだ紙を一枚、左側のポケットからペンを一本取り出した。そしてその場に寝転んで手紙を書き始める。


 アユムが覗き込もうとすると手で紙を覆って「見ちゃダメ」と言われ、仕方なく何もない部屋の中を見回して時間を潰すことにした。


 ちらっと横目で見るとポケットからまた一枚、紙を取り出して何か書いている。そんなアユミを見てアユムは考え込む。


 幾ら楽園でも死んだ人間に手紙を届けることはできない。それを告げることができずに後ろめたさを感じる。


 けれどあの場所なら、ガレキの楽園なら、手紙を届けることはできなくても、心なら届くんじゃないか。そんなことを考えた。


 話を信じた訳じゃない。ただアユミにとってきっと大切な人に違いないじーさんのことを少しでも感じられるかもしれない場所に連れて行ってあげたい。それだけだ。

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