幸福

四月。

専門学校を卒業したばかりの富岡真優とみおかまゆが、ひかりユニットに配属された。みらいユニットには、他のユニットから黒井誠二くろいせいじが補充された。

富岡は、自己主張のないタイプで、一リーダーにきつく当たられても、泣きながら耐えていた。利用者からもバカにされて、休憩室で泣きながらご飯を食べていることもあった。



一リーダーは、高身長、イケメン、リーダー職。

仕事の幅も、専門学校で講師をしたり、会議に参加したり、講習に参加したり。現場にいることが、あまりない時期もあった。

次期、介護主任の呼び声が高い。

毎年、専門学校や一般大学からの学生が研修に来るが、そのたびに「かっこいい」と黄色い声援を浴びていた。

しかし、内面は、瞬間湯沸かし器のような人間だ。

自分の想定通りに事が進まないと、キレる。

職員が自分の意思に反したことをしてもキレる。

とにかくキレやすい。一瞬で沸点に感情が登り詰め、怒鳴り散らす。言いたいことを言って、そのあとフォローもない。

私は、常にキレられていた。


利用者の様子がおかしいとなったとき、念のため受診に行くかどうかとなったとき、私は看護師に「まぁ、看護が難しいなら、日程を調整して、こちらで行くことになるんじゃないですかね」と言った。

それをどう解釈されたのか、研修で来ていた学生の前で「何、勝手なこと言ってんだよ。お前にそんな判断する権利はない。まず、俺に指示を求めるのが普通やろが」と、口角泡を飛ばしながら怒鳴られた。

私は、呆気にとられ、隣で学生も言葉を失っていた。

少しして「あぁ、ごめんごめん。行くって言ったんじゃなくて、無理ならって話か。最初、お前が行くって言うてたって聞いたからさ」と謝罪してきた。

もちろん、受診は流れて様子観察になった。

人手不足を言い訳に、病院受診はほとんどない。明らかに体調が悪くなってから、ようやく重い腰が上がる。

とにかくキレやすい性格だが、決断力はあった。

そういう人間が、出世する。


一リーダーは利用者にも厳しい表情を見せることがあった。

みらいユニットに入居している伊瀬知雅子いせちまさこ様は、電動車椅子でしばしば脱走されることがあった。職員総出で、捜索に当たる。発見されると、バツが悪そうな表情で、「ごめん」と言われる。

ストレスは溜まる一方で、脱走、バルーンに穴を開けるなどの行為を繰り返された。

一リーダーは、「このまま迷惑をかけると、退去してもらうことになる。そうなると、家族に迷惑かかるよ」と、脅し文句を言っていた。

まぁ、実際、退去になることはない。利用者は、金なのだから。

ご家族の話では、若い頃から、自傷癖があったらしい。

だったら、もっと言い方を考えろよと思った。


「俺が常に一番じゃないと気が済まん」

一リーダーの口癖だった。

私がある利用者から「一番、起こすのがうまい。他の人やったら、背中や腰が痛いのに、あんたはスッと起こしてくれる」と褒められたことがあった。

やがて、一リーダーの耳にも入り、私に介助方法を聞いていた。

「なぁんだ。普通やん」

一リーダーは、落胆していた。

私も、特別なにかをしていたわけではない。

ただ、自分が利用者の状態になったときに、どう介助されたら痛くないだろうかと想像しただけだった。

一リーダーは、何度もチャレンジしたが、ダメだった。

「ふうん。俺にはハマらん利用者なんや」

諦めたようだった。

彼の悪い癖だ。自分ではどうにもならないことに対して、すぐに切り捨てる。


ただ、怒鳴られても仕方ないこともあった。

伊瀬知さんが外泊したときに、家まで迎えに行くことになった。

私は通常サイズの車なら問題なく運転できるが、介護用の大型バンの運転手を任された。家の場所は、もう一人の職員が知っているとのこと。

ただ、その職員が何度も家の場所を間違った。

「あれ、おかしいなぁ」

時間がムダに過ぎていく。

「いい加減に、施設に連絡して、住所聞けよ」

何度もそう言ったが、彼は必死に思い出そうとしていた。

私は、あちこちに無駄足をかけさせられ、バンを三回擦った。

挙句、伊瀬知さんは待ちきれず、途中まで電動車椅子で出てきていた。

この事実に、両リーダーはブチキレた。

「お前ら、何しとんのじゃ。利用者が事故ったら、どうするつもりなんや。お前も、運転手やからって、気抜くな。家の住所くらい覚えとけ。運転に自信ないんやったら断れよ」

いや、何度も断ったのに、あんたが無理やり任命したんだろ!

その言葉を呑み込んで、「すいません」と頭を下げた。

社用車を傷つけたことに施設長にまで、頭を下げることになった。

「まぁまぁ、次からは気を付けましょう。キミたちが来る前に、リーダーお二人が頭を下げに来られてましたよ。いいリーダーをお持ちで」

納得はできないが、いろんな感情を呑み込んだ。


毎年、ユニット目標はリーダー二人が勝手に相談して決める。

『ご利用者様が笑顔で過ごせるようにがんばる』

まるで、小学生の作文だった。

「これを一年間の目標にするんですか?」

「こんなの、なんでもええんやって」

一リーダーは、面倒くさそうに言う。

「年度目標って、普通、具体的なことを書きますよね。営業なら、売り上げ何%上げるとか。抽象的な目標だと、みんな、何も変わりませんよ。介護で働いてると、どこも成功体験がないんですよ。毎日、現状維持。だったら、一人でもいいから、状態を上げるとかを目標にした方がよくないですか? 利用者のためにも。例えば、歩けない人が歩けるようになったとしたら。一年かけて、みんな、その目標のために動いたら、きっと変わると思いますよ。それが成功したら、その体験が自信にもなるし」

私は、明神リーダーの日々を思い出していた。いつも敵愾心を剝き出しにしていた利用者が優しくなった瞬間。歩くのを嫌がっていた人が、歩けるようになったり。

「で、具体的にどうするの? 誰を選定するの? 一年間を通して、職員にどう指示を出すの? あのさ、上司に意見するんやったら、具体的にまとめてから言うてくれん? じゃないと、判断できんからさ。あと、利用者の状態が良くなることは、ない。現状維持でやったって、能力は落ちていく。能力を上げれたとして、どうなるの? それを本人は望んでるの?」

ネガティブな意見で一蹴される。リーダーから、利用者の能力向上を否定されると、気分が落ちる。


私は、いろんな意見を二人のリーダーにぶつけたが、「もう、やるなら、一人でやれよ」と言われた。

だから、一人でやることにした。私は、円背で食事量が落ちてきているご利用者様をターゲットにした。呼吸が苦しいのだろう、いつも起きると、「ぜぇぜぇ」と短い呼吸をしていた。そんな状態では、食事もままならない。さらに、右腕と肋骨を骨折していた。しんどいのだろう、食事のときも閉眼して辛そうにしていた。

深田リーダーは管理栄養士と相談して、ご飯を小さいお握りにして、提供するようになった。

根本的に、呼吸の難しい姿勢でいることを解決しないと、食事も摂れない。なのに、対処療法ばかりだった。いつも、後手後手に回る。何かあってからじゃないと、動き出さない。

誰も助けてくれない。一人で勉強して知識を付けて、施設にあるクッションを使ってポジショニングを試してみた。

あるとき、それを見た小川ケアマネが「勝手なことしたらいかん」と、クッションを全部取り去った。

「あんた、医者でもリハビリの先生でもないのに、勝手なことしたらいかんやろ」

と、怒鳴ってきた。

「だったら、受診でもして指示を貰って来いよ。怒鳴るばっかりで、何もしないくせに」

何かをやろうとすると、潰される。

そんなことは日常茶飯事。誰も助けてくれない。根本的な解決策を講じずに、的外れな指示ばかり出す。

「だから、いつまで経っても、家政婦なんて言われるんだよ」

利用者の中には、介護士を家政婦さんと呼ぶ人がいた。

介護のプロと呼ばれているのに、利用者の能力は下がる一方。

家族は端から能力が上がるなんて思っておらず、プロがやって落ちるなら、まぁ、そんなもんだろうと諦めていた。

現状、食事、排泄などの最低限の介助をしているだけだ。こんなの、資格がなくたってできる。

「まずリーダーに一度、相談して」

「相談したら、勝手にしろって言われたんだよ。誰も助けてくれない。その間にも、この方は苦しい思いをしてんだぞ。目を開けるのも嫌なほど苦しんでいる人がいるのに。死に際に、苦しい辛い人生だったなんて思いながら逝ってほしくないだろ」

小川ケアマネは、頭を抱えた。

「なるほど。ちょっと、待って。私も、何かできないか考えるから。本当、ここのリーダー陣は、クズばっかりなんだから」

深田リーダーは我関せず。

一リーダーは「気が済んだ?」と言っただけだった。


私は、ことあるごとに枠井課長に愚痴を言うようになった。

もう、しんどい。辛い。

「辞めたいです。逃げたいです」

何度もそう言った。

枠井課長が動いて、一リーダーは何度か叱責されていた。

「細かいところに気付いたり、根本的な解決策を提案するのは、キミのいいところだよ」

なんて、おべっかも言われた。

私は、枠井課長がいたから、踏みとどまれていた。



施設に面会者が来ることは、少ない。

家族は自分の人生を生きている。面倒を見られないから、施設に入居させている。

私は、夜勤中、「お前は捨てられたんだよ。家族なんて、誰も来ねぇじゃねぇか」と暴言を吐いていた。「帰りたいだぁ? 帰ったところで、迷惑がられるだけだぞ」止まらなかった。

常にイライラしていた。

ある日、面会があった。

基本的に面会があると、お茶を居室に持っていく。

私が居室前に行くと、扉が少し開いていた。

「ごめんね。今まで、来れなくて。本当に、元気で良かった」

涙を流し、利用者を抱きしめている家族の姿。

「一緒に連れて帰ってあげたいけど。本当にごめん」

どうして泣いているのか利用者本人はわかっていないが、それでも笑顔になっていた。

俺は、今まで何をしていたんだ。

自問自答に、胸が苦しくなる。


「おばあちゃんに、見てもらいたくって」

利用者のお孫様が、結婚するらしい。

綺麗な着物に、「おお、いいね」と声を上げていた。

相手が誰かもわかってはいない。

隣で、旦那も笑っていた。

二人して施設前で結婚用の写真を撮っていた。

最後に、三人で一緒に写真を撮って、それを利用者の部屋に飾ることになった。

赤の他人では絶対にできない。

介護は家族の協力なくしてできない。ただ、一瞬でも、そばにいるだけでいい。

写真に焼き付いた満面の笑顔は、私たちがどれだけがんばっても、引き出すことはできない。



五月になり、加古川は退職した。

最初は、産休を取ると言っていたが、「この機会に、思い切って辞めようかなって。介護以外の仕事もしてみたいなって。旦那のお店も忙しくなってきましたから」と言っていた。

今後は、旦那の居酒屋を手伝うつもりらしい。

「いろいろ、迷惑かけた」

「私こそ、リーダーっぽくなくて」

「今のリーダーより、マシだよ。長い間、お疲れ様。元気な赤ちゃん産んでね」

介護に疲れ切った表情は、実年齢より老けて見えた。



春月荘は、毎月研修を開催していた。外部から講師を招聘することもあれば、身内だけの研修のときもあった。

アンガーマネージメントだけは、役に立たなかった。

「怒りの感情を覚えてから、六秒我慢すると、怒りは治まります」

そんなわけないっ。

それで治まるくらいなら、利用者や職員に常にイラついてない。


とある研修。

地域交流ホールには、パイプ椅子が並べられていた。

私の前に、富岡と他のユニットの新人の男が並んで座っていた。

研修中、彼女が男の肩を指でツンツンと突いて、耳元で何か囁く姿が見られた。

おいおい、見せつけてくれちゃって。

退屈な研修だったが、胸が温かくなった。


ひかりユニットの橋口勝弘はしぐちかつひろ様は、私が何気なく本棚から取った刀剣の本に釘付けになっていた。本人の情報提供書を読み返すと、若い頃から刀剣が趣味で、買い集めていたと記載されていた。

『はじめに』で書いた方は、橋口様のことだ。

橋口様は、毎月地域交流ホールで開催される映画鑑賞だったり、ボランティアで近所の方が来てカラオケを披露してくれた際に、ボロボロと大粒の涙を流された。

あぁ、病んでいる。

私は、ひねくれているせいか、そう思った。

この程度の刺激で、泣き崩れてしまう。

それだけ、ストレスが溜まっている。


私は、リーダーに説明して、刀剣のイベントを見に行くことを提案した。

橋口様はかなり喜んでくださった。抑肝散なんて必要ないほど、上機嫌だった。

私も、笑顔になった。

澱になって溜まった悪意が、流されていくようだった。



施設の駐車場奥の一角に物置小屋があった。そこが喫煙所に変更になった。

冬は風除けになるので、ありがたかった。


夜勤入りの日。

私は出勤して申し送りが終わると、一リーダーに呼び出された。

「あのさ、利用者のことなんだけど」

ひかりユニットに朝食前薬を飲まれる方がいた。その薬があるので、朝食まで何も食べてはいけない決まりになっていた。

私は、知らなかった。他の利用者と同じように、朝食前に水分を提供していた。それがいけなかった。

知らないでは済まされない。

「キミさぁ、そんなことも知らないで介護やってたの?」

ネチネチと攻撃される。

「じゃあ、約束して。これからは、朝食前に水分を飲ませ…」

「ない」

「よくできました」

この物言いにムカついて身体が熱くなった。

深呼吸を一つして、私は一服することにした。

みらい側の厨房にドアがあり、そこを開けると、一畳程度の物置のようなスペースがあった。夜勤帯は、そこで煙草を吸っていた。

あんな言い方ってあるかっ。わざと小バカにしたように、言質を取るような真似をしてっ。

一服を終えても、イライラは治まらなかった。アンガーマネージメントなんて、クソの役にも立たない。

「おいっ、ちょっと」

また、一リーダーに呼ばれた。

「あのさ、煙草吸うなって言ってんじゃないんだけどさ。せめて、俺が帰ったあとでしょ。吸うのは」

「はぁ? そこまで指図されなきゃいけないんですか?」

売り言葉に買い言葉。

「もう正直に言うけど、俺も深田もさ、キミを腫物扱いにしてるわけ。すぐ課長に言うしさ。口答えするし。人がキレんような、細かいところでキレるしさ。もう、どう扱ったらいいのか、わからんのよ」

私は、ユニットの癌になっていたらしい。

さすがに、ショックだった。


夜勤中、利用者の洗濯物を仕分けしていると、見慣れない靴下が片方だけあった。利用者の衣類には、間違わないように選択の時はネットに入れて回す。衣類には、すべて名前が書かれてあった。

『いろどり』前に『洗濯室』と書かれた部屋があった。

そこには、業務用のドラム式乾燥機があった。各部署、大量の洗濯物をそこで乾燥させていた。

どこかのユニットの物が混じったのかな。

二階には、三グループあった。

私は、少し抜け出して、いろどりに行ってみた。佐久間が夜勤をしていて、靴下の件を尋ねたが「違いますね」とのことだった。

最後に可能性があるのは、『まろみ』『あでやか』ユニットだった。

あでやか側から入るが、誰もいなかった。そのまま連絡通路を通って、まろみの食堂に出る。

一人の男性職員が、日誌を打ち込んでいた。

「あの」

「ひゃ」

突然、背後から声をかけたせいか、かなり驚いていた。振り返ると、女性だったことに驚いた。

「びっくりしたぁ」

「あぁ、すいません」

「…あっ、藤森」

「は?」

「どうされました?」

私は靴下のことを尋ねた。

「うちのですね。ありがとうございます」

「はぁ、どうも」

変な娘だった。



一年が経った。

加古川が一度、ユニットに赤ん坊を抱いて来ていた。

見違えるほど、綺麗になっていた。

一リーダーは、私の仕事ぶりを認めてくれるようになった。

私は枠井課長の勧めもあって、思い切って介護福祉士に挑戦することになった。実働三年は、とうに過ぎていた。


朝食介助中、テレビのニュースで南海キャンディーズの山里亮太と蒼井優の結婚報道が流れていた。

「ご指導ご鞭撻のほどを…」

思考停止した。


昼休憩。喫煙所には枠井課長がいた。

「俺の、優はどこにいるんですかっ!」

「ん? どしたどした? とりあえず、落ち着こうか」

私は、乱心していた。

「俺は、リリィ・シュシュのすべてから、蒼井優好きだったんですよ。なんてかわいいんだって。それを、ですよ。こともあろうに、山ちゃんですよ。山ちゃん、若様、岩井はダメでしょう。私にとっては、神ですけど」

「う、うんうん。とにかく、落ち着こうか」

「結婚しちゃったら、芸風が。芸風が通用しなくなりますよ。なにがたりてねぇだよ。たりてんじゃねぇかよ。もう、僻み妬み嫉みできないですよ」

「とにかく、ロスってることだけは、わかった」

一方通行の話は、休憩が終わるまで続いた。


ある日、一リーダーが「明日は忙しくなる」と、聞こえよがしに愚痴っていた。

「なんか、あるんですか?」

「明日、介護のイベントがあってさ。佐久間は、『ヘルプマン』のくさか里樹と対談するんだってさ。俺は、スタッフみたいなもんだけど」

はぁ。期待のルーキーは、漫画家先生と対談するまでになっていた。

介護の黎明期からやっているだけはあって、坂の上の会のネームバリューは、そこそこあるようだ。

「すごいですね。サインでも貰って下さいよ」

「別に、凄かねぇよ。俺なんて、昔飲んだことあるし」

どこまで行っても、自分が優位に立ちたいらしい。

えっ、自慢?

「もう、忙しい。誰か代わってほしいわ」

心にもないことを言っていた。



夜勤は、基本的に時間内に仕事が終われば、コール待ちの状態だ。

私は、暇つぶしに、連絡通路のみらい側のデスクにあった広報誌を捲ってみた。

『私たち、結婚しました』

そこには、二組のカップルが笑顔で写っていた。

「なんじゃ、こりゃぁぁぁああああああああ‼」

大声が出ていた。

「どうしたの? 大声出して」

みらいユニットから伊瀬知さんが声をかけてくる。

「あぁ、ごめん。なんでもない」

顔を出して言うと、紙面を喰い入るように見た。


光風の谷本浩二と見知らぬ若い女の娘。

インタビューを読むと、

『学生の頃、研修でお世話になって。それから、カッコいいなぁって思うようになって。まさか、一緒のグループで働けるなんて思ってなくて。やっぱり、優しくて、カッコよくて。仕事も丁寧に教えてくれるし、ご利用者様にも優しいし。尊敬できます。カッコいい…』

「何回、カッコいい言うんやっ」

私は、一人でツッコんでいた。

『彼女の勢いに負けました。年齢差があるからこそ、お互いに尊重しあえる家庭を築けるようにがんばります』

「二十歳は離れてますよ、谷本さんっ」


もう一組は、太陽グループ。

橋田拓哉リーダーと桑田朱里。

『彼の誠実な人柄とまっすぐな気持ちに惹かれました』

「てめぇの舌は何枚あるんだっ! あんだけ、溝渕と悪口言ってたのにっ」

『彼女の優しさに何度も助けられました。結婚するなら、この人しかいないと思って決めました』


どいつもこいつも、幸せそうだ。

「おめでとうっ」

橋田リーダーは、魔窟に光る原石を見出したんだ。

「えぇ、なにが?」

伊瀬知さんが言う。

「みんな、幸せなんだってさ。良かった」

他人の幸福を、我がことのように嬉しいと思えた。



秋になり、私はショートステイに異動になった。





































「先輩は、介護をやっちゃいけない人だと思います」

つづく。

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