第4話:憂い
アドラム領の中心部にはアドラム街という都市が存在している。
ここら一帯は大きな戦乱もなく、人々は労働の合間に、ただ日々を浪費したり気の向くまま趣味に没頭したりしていた。
繰り返される平穏を、人々は享受していた。
『人々は』、の話だ。
昼下がりの街並みは、白く光るように日光を反射している。
様々な店や住居、施設が軒を連ね、文化的な毎日を送っているのだ。
小太りの男は屋敷の前に荷車を止めさせ、そこに立っていた貴族にぺこぺこと頭を下げる。
「ではこちら、商品となります。お確かめになりますか?」
小太りの商人は取引相手である貴族に、荷車の中身を示した。
「いやそのままでよい、ご苦労だった。よければ現場まで運んでくれないか?」
仕立ての良い貴族服を着た男は、言葉の上では丁寧だが、威圧感をもって商人に『お願い』していた。
「はい、お安い御用です」
もちろん、商人という生物が上客を不機嫌にするような言動を取るはずがない。
生来、この小太りの商人が気弱だから、ということもある。
商人は荷車の方へ向き直ると、息せき切って地面にへたり込んでいる少年を掴み上げた。
「なにしてる?休んでる暇があったら速く運べ!」
少年の頭には、犬のような耳があり、腰からは尻尾が生えていた。
あえいで開かれたその口からは大きな犬歯がのぞいている。
この少年は獣人であり、商人の奴隷だった。
「はい、すいません……」
獣人の少年は力なく答えると、荷車から荷物を運び始めた。
「まったくこのノロマが……すみませんラザード様、お見苦しいところを……」
商人はわざとらしくそう言うと、貴族の男、ラザード卿にへつらった。
「君、獣人をわざわざ使うとは、そういう『趣味』なのか?」
「い、いえいえ。ただ、獣人は力だけが取り柄ですからね。安いってのもあることですし……へへ……」
正直に言うと、この商人にしたところで、そこまで獣人に対しての嫌悪感があるわけでもない。
力が強い、安い、反抗的でもない。
彼のような弱小商人にとって、獣人はいい労働力である。
さきほどの怒鳴りつけも、実のところ半分はアピールであった。
この貴族は、『反獣人派』として有名なのだ。
獣人を嫌っているという姿勢を見せるだけでもこの男にとっては良いアピールになる。
取引相手としては分かりやすい部類に入る。
「アドラム卿は、いつまであのようなスラムを放置しておくのか……」
ぼそりとラザードがそう言ったが、商人は仕事をするフリで聞き流した。
それは商人風情の自分が関わりあいになることではないし、万が一ラザード卿の意に反する受け答えをしてしまったら面倒だ。
そんな考え事をしていると、ストリートの向こうから人々の悲鳴が聞こえた。
木材や石材の破片が飛び散るのが見える。
「な、なんだぁ?」
小心者の商人は驚き、目を見開いた。
「チッ、またか」
ラザードは忌々しげに舌打ちし、小さな板のような魔法具を取り出し、口元に寄せた。
「怪人が出たぞ。騎士団で対処しろ……この給料泥棒ども」
(え?いまの、聖騎士たちに言ってんのか?)
また別の驚愕が、商人を襲った。
騎士として叙勲を受けた騎士の中でも、神殿で洗礼を受け、更に厳しい選定試験によって選ばれるのが聖騎士という者達だ。
装備や能力も確かに凄いのだが、何といっても彼らだけはこの街でも良心的な警察力として、街の者から信頼されている。
(ほんと、いつまでこんな御貴族サマがのさばってんだ?)
それはこの商人だけではなく、様々な人がそう思っていた。
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