第2話:転生、覚醒
人々が剣と魔法で武装しているエルラドル大陸――の、大陸の端っこの方にある、辺境のアドラム領。
ヴェルク・アドラムという少年は、アドラム領の領主――の、息子だ。
まあ要するにデカい家に生まれたボンボンなのである。
僕はいわゆる貴族の出だが、だからといって絢爛豪華な毎日を送っているわけではない。
一人で街遊びに出かけては街並みを眺めて、夕暮れ前に屋敷の裏手にある山道付近を歩く。
まったく素朴な毎日を送っていた。
家は居心地がよくないし、友人もいない。
だからいつもこうして、一人でぶらぶらと歩き回っていた。
6歳の、あの日までは。
星空をぼんやり眺めながら、将来は僕も貴族らしくなるのだろうかと考えていた時だった。
「どうもー。こんばんはー」
その大きな声は、すぐ後ろからだった。
親しい友人のような声色は、しかし全く聞き覚えのない女性の声だった。
「えっ?」
驚いて振り向くと同時の事だった。
頭を手で掴まれ、そのまま持ち上げられた。
「うわあああああっ!」
悲鳴を上げるものの、女は楽しそうに笑うばかりで手を離そうとはしない。
視界いっぱいに広がるその手は何故か真っ黒で、小さな子供の頭を片手で掴み、軽々と持ち上げている。
足をバタつかせたり、両手で女の手から逃れようと力むものの、全くビクともしない。
僕は怯えることしかできず、為すがままだった。
「そんなに脅えなくてもいいじゃん。プレゼントがあるってだけなのにさぁ」
ニヤつくように笑いながら、女は言った。
手の力はますます強くなっていき、僕の頭は割れそうなほどに痛い。
「さあ、今日はキミの誕生日だ。おめでとう〈ヴァルブレイザー〉!」
今までぞっとするほど冷たかった女の手が急に熱を帯び、赤色に発光する。
そして僕は――俺となった。
別世界でのおぼろげな体験が頭になだれ込んでくる。
前世の記憶はそこそこあるが、あまり思い出せない――思い出したくない。
はっきりはしていないが、人とうまくやっていけなかった、そういう記憶だけはある。
焼けるような頭の痛みが、俺の意識を現実に引き戻す。
「う……うう……」
顔面に感じる砂利の痛み。
どうやら地面に倒れ伏しているようだ。
両手を地面について、起き上がる。
――手が、長い。大きい。
なんだ、これは。まるで大人の腕のようだ。
着ている服も変わっている。
黒を基調とした、赤いラインと模様の入ったド派手なスーツ。
ゆっくりと身体を起こす。
背中に軽く、流れるような感触。外套を着こんでいるらしい。
背中から垂れ下がっている布地――外套を掴んで見てみると、黒い色をしていた。
当然、これにも見覚えはない。
立ち上がると、やはり身長が高くなっている。
細かくはわからないが、大人であることは間違いない。
「気が付いた?――どう、気に入った?ワタシからのプレゼント」
今の今まで気づかなかったが、すぐ目の前には、気を失う前に妙な事を言っていた女――らしき者が立っていた。
白衣のようなジャケット、漆黒のインナーとパンツ。
それに、三日月のような口で笑う不気味な仮面。
「なんだ、お前……は……」
うまく口が回らない。声も、まるで別人のようだった。
とんでもない気怠さと、全身から感じる違和感で吐きそうだ。
だが身体の芯から、燃え上がるような暴力の衝動がこみ上げてきて、身体が突き動かされる。
「うおおおぉぉぉ!」
誰かの叫び声が、うるさいほど耳朶に響く。
それが自分の喉から発されたものだと気づくのは、数秒を要した。
右手を固く握りしめて振りかぶるように後ろへ、左手は開いた状態で前へ突き出す。
身体から湧き上がる衝動に身を任せ、身体を動かす。
「〈ヴァルカン・ブラスト〉!」
単なる右手によるストレートだが、なんと右手は火を纏っている。
だが線の細い、しかも女性であれば、大きなダメージは免れないだろう。
拳は真っすぐ仮面に迫り――見えない障壁によって阻まれてしまう。
青いスクウェアのような模様が壁を為すように仮面の女と俺との空間に現れ、拳はそのバリアめいた障壁に激突した。
瞬間、右手の炎が大きな音と共に爆発した。
青い障壁に亀裂が入り、ひび割れて崩れ落ちる。
「あれまぁ。大した威力」
仮面の女は驚きもほどほどで、変わらない調子だった。
俺は確信した。
次にもう一発くれてやれば、必ず命中する。
だが――
「無理しなくていいよ。初めての『変身』で、疲れてるでしょ」
仮面の女は肩をすくめるジェスチャーで余裕すら示した。
指摘通り、俺はさっきの一発で疲れ切ってしまった。
自分の意志とは関係なく、地面に片膝をついてしまう。
「キミはまだ不完全だ。その
仮面の女は背中を向けて歩き出した。
俺は視線を上げるのも辛くなりはじめている有様だった。
「遊べるようになったら、また遊ぼうよ。じゃあね、〈ヴァルブレイザー〉」
仮面の女は肩越しにこちらをちらりと見てそういうと、それきりどこかへ行ってしまった。
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