第十話 再会
「ふむ、決闘と出たか。たしかにわかりやすい」
シルの提案を最速で肯定したのは、やはり似た立場のローランだった。
「隊長⁉ 本気ですか?」
「お前の主張も間違ってはいないし、彼らの事情も同情に値する。話は平行線を辿るばかりだ。ならば決闘で白黒付けるのが一番わかりやすいだろう?」
リーシャの反抗も決して的外れなものではない。
破竜討伐も、民衆に騎士としての在り方を示すのも同様に蔑ろにはできない。しかし今はゆっくり議論を交わす暇も無い。
ならば一旦決着を付ける方法として決闘は、お互いに文句の付けようがない方法だと言える。
「まあこうなっては仕方ないですね。じゃあこっちは私が……」
「一応あなたのためを思って忠告しますが、可能ならば別の人にした方がいいと思いますよ?」
「あ……? またこのガキが……‼」
事ある毎に噛みついてくるリナについに堪忍袋の緒が切れ、リーシャの口調が崩れた。
怒りのままにリナに向けて一歩を踏み出したリーシャ、しかしそれ以上リーシャの体が動くことは無かった。
「――見えましたか?」
「ガキが……」
目にも止まらぬ速さで抜かれたリナの刀が、いつの間にかリーシャの首筋を捉えていたのだから。
「私の剣も見切れないようでは私達の対戦相手としては力量不足です。それでもやるというなら止めはしませんが、一瞬で終わりますよ」
ただの年相応の少女にしか見えなかったリナが、刀に手を掛けた瞬間に噴出した威圧感にシル達を除いたその場の全員が戦慄した。
相変わらず生意気な言動のリナであるが、それは間違いなく力量に裏付けされたものだと確信させる雰囲気が今のリナにはあった。
「リナ、そこまでにしとけ」
今度はリナの行動を予測していながらも、シルは事前に釘を差さなかった。実際リナの言っている事は事実であるし、シル達の実力を手早く伝えるには、リナが一番インパクトがあってわかりやすい。
年端の行かぬ少女に実力差を示されれば、そう簡単に舐めた口は聞けなくなる。
(これで俺達の実力を疑う声は出ないだろ。さて後は対戦相手が誰になるかだな。できればローラン隊長だけは勘弁願いたいな)
さすが王国の最高戦力と称されるだけあって、騎士の中には強者のオーラを纏っている者がちらほら見受けられる。
しかしその中でもローランはレベルが違う。
(どれだで甘く見積もってもローラン隊長だけは勝ち目の方が薄い。できればリーシャさんほど弱くなく、それでいて勝利すれば誰もが俺達を認めるほどの強さと立場がある相手が欲しい)
そんな都合のいい相手を探し、シルは周囲の騎士を観察していた。
「その子の言う通りリーシャでは役不足ですね。誰を出しましょうか?」
「ロイ! あんたまであたしがこのガキに勝てないって言うの⁉」
「どう見てもそうじゃないか」
未だ騎士としては未熟なロイの目から見ても、シル達がそれなりの実力を持っているのは明らかだった。
そしてそれはリーシャ自身も身に染みて理解はしている。されど恥をかかされたまま引き下がれるほどリーシャは大人ではなかった。
「隊長! 私がやります!」
「駄目だ。騎士として誇りをかけて決闘をする以上、わざわざ負け戦を行うのは許可できん」
ローランとしてはこちらが負ける方が都合が良いが、決闘となればそうやすやすと勝利を譲るわけにもいかない。
(さて、誰に任せたものか……それにしても少し私も冷静では無かったな。落ち着いて考えてみれば、元々破竜討伐を生業とする彼らへの罰として、我々に手を貸してもらうというのは些か寛容が過ぎた)
思考を巡らせたことで頭が冷えたローランは、自身の選択を振り返っていた。
一度冷静になって客観的に見てみると、リーシャの意見にも十分道理はある。
(普段の私ならば、初めから決闘や何かしらの試練を彼らに課した。そもそもの相性が良いんだろうが、あの短時間で私を懐柔し、後からお互い納得できる妥協案を提示して見せるとは。一体どこまでが彼の思い描いていたシナリオなのか……)
ローランが冷静さを欠いた判断をしてしまった理由、それはひとえにシル・ノースの人間性だろう。
さっぱりした性格でノリも良いが、要所要所では思慮深さが垣間見える。更にはその根本を支える芯の通った強い意志。
シル・ノースという人間は、まさにローランが好む人間の典型例であった。
(恐らくは全てが彼の思い通りではない。ただ単純に真っ直ぐな男という可能性もある。真に恐ろしいのは、全てが彼の掌の上だったとしても、私がそれを不快に思っていない点か。つくづく敵には回したくない男だな)
ローランに見せた姿の内、どこまでが本来のシルなのかはわからない。少なからずローランの人間性に合わせて偽った部分はあるのだろう。
しかし、それは人と接するうえで誰もが行っている事だ。
最終的に諸々を込みにしたローランの結論は、今後ともシル達とは良いお付き合いを続けたいだった。
「隊長? 話聞いてますか?」
「ああ、すまない。何だ?」
「ですから誰を戦わせるのかって……」
「そうだった。ふむ、どうしたものか……」
(今まで何考えてたんだろう……)
熟考して何の反応も示さないローランは、ロイの呼びかけでようやく決闘を行う者の選別へと戻った。
悩むローランに対し、シルは早々に選別を終えていた。
「こっちはまあいつも通りルートでいいだろ。ところでルートの姿が見えないんだが、どこ行ったんだ?」
長年傭兵として生活していれば、一対一の決闘を持ちかけられることはよくある。
対戦相手にもよるが、今回の様に相手の能力の情報が無い場合は、バランス良くあらゆる相手に対応できるシルかルートが戦う事が多い。
今回はシルが破竜との戦闘後で消耗しているため、ルートに任せようとシルは即断していた。
「ルートならお腹痛いってあっちの茂みに走っていったよ」
「多分昨日食べた野草だねー」
「だから食べるなって言ったのに……相変わらずの阿保ですね」
少数精鋭の竜と猫において、個の戦闘力では五人の中でも随一を誇るルートであるが、戦闘以外では残念な点が目立つ。
「神は二物を与えずとはよく言ったもんだな。仕方ない、ルートが戻ってくるまで待つか」
選別は済ませたものの、当の本人が不在の竜と猫、最終的に先に準備が整ったのは騎士団の方だった。
「隊長、話は概ね聞きました。ここは私に任せてください」
悩むローランに声を掛けたのは、新たに現れた騎士だった。
フードを深く被っていて顔はほとんど見えないが、体の線と声の高さから女性であろう事が伺えた。
「副隊長!」
「――そうか、君がいたな。よし、ここは君に任せよう」
終始唸っていたローランが即決したのを見て、シルはロイが副隊長と呼んだ騎士へと目を向けた。
(――強いな)
騎士団の誇りをかけた決闘を任されるだけあって、シルには副隊長がそれなりの実力を持っている事が容易に判断できた。
(魔力量は大した事ない。だが肉体がくまなく鍛えられてる。更には佇まいが達人のそれだな。これはルートでも楽勝とはいきそうに無いか……?)
一目でわかるほど女性らしい体つきをしている副団長だが、決して腕や足が細いわけではない。全身の筋肉はしっかりと引き締まっており、日々鍛錬を積み重ねている事が察せられた。
加えて特筆すべきは、シルにはこの距離からでも彼女に不意打ちですら与えられるイメージが湧かない事だろう。
(非戦闘時であるにしても纏う魔力が少なすぎる。それだけ魔力感知よりも巣の肉体での知覚に自信があると見た。このスタイルは人間と竜人にはあまり見られない。そうなると彼女は……)
長年の戦闘経験からシルが推測した副団長の力は概ね正しく、その知覚能力は熱心なシルの視線に容易に気が付いた。
「あの……あまりジロジロ見られると恥ずかしいのですが……」
「これは失礼しました。珍しい魔力の纏い方をされていたのでつい……」
「さすがだな、シル君。一目で総魔力量と纏う魔力量のギャップを見抜くとは」
遠距離では精度が格段に落ちるシルの魔力感知だが、近距離に集中すれば常人を大幅に上回る。
驚きを見せるローランと副団長だったが、副団長が驚いた理由はシルの優れた観察眼の方では無かった。
「シル……? シル……ノース……ですか?」
「おや、俺の事ご存じでしたか? 我ながら有名になったものですね」
「ええ、まあ……はい。以前聞いた事がある名前だなーと」
歯切れの悪い副団長を妙に思ったシルであったが、それを指摘するより速くローランが口を開いた。
「名を知っているなら話が早い。この方はシル・ノース、最近噂の竜と猫を率いる団長だ」
「あなたがあの……」
「ああ、彼の【銀竜】だ」
「だからその呼び方は止めてください」
「はは、すまない。こちらも紹介しよう」
シルの不満を軽い笑いで受け流し、ローランは副団長の紹介へと早々に話題を移した。
(今後もやめる気は無さそうだな……この人も人が悪い。まあこんな二つ名でもあいつが俺の事を見つける手掛かりになるのなら、受け入れるしかないか)
シルが傭兵として各地を転々としている目的は、八年前に離れ離れになった恋人を探す事だ。自身では不本意な二つ名でも、彼女がシルに会いに来てくれるきっかけになってくれるかもしれない。
正直彼女が今でもシルに会いたがっているのかはわからない。これはただのシルの願望に過ぎない。
しかしその自分よがりな願望ですらも、シルにとっては暗闇に輝く一筋の光だった。
(あいつにもう一度会えるのなら、どんな恥辱も甘んじて受けるさ)
シリアスに浸っているシルの心境を知る由もなく、ローランは言葉を続けた。
「この子は若くして我が隊の副団長を務めている。名前は……」
ローランが副団長の名を口にしようとした瞬間、急な突風が広場に吹き込み、副団長のフードを剝ぎ取った。
「な……」
辛うじて紡ぎ出した言葉がシルの口から零れた。
フードの下に隠れていたのは、雪原を想起させる白銀の髪。そしてその雪原にそびえ立つ雪山の如き真っ白な猫の耳。
シルが魔力の流れから予想した通り、副団長の正体は純粋な人間ではなく獣の要素を持った人間である獣人であった。
しかしシルが驚いたのは、自身の予測が的中していたからではない。
「私の名前はシューネ、シューネ・ターキシュです」
性は以前とは異なっていた。しかし最早間違いであるはずがない。
八年の時が経って更に磨きがかかったその美貌を、何よりその希少な白銀の髪色をシルが見間違うわけがなかった。
「シューネ‼」
そう叫ぶと同時、シルはシューネに飛びついた。
シルにとって悲願であったシューネとの再会、八年越しの二人の再会により物語は動き始める。
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