第七話 アルカス騎士団

 遠くに見える一団が掲げる太陽をモチーフにした旗は、今シル達がいるアルカス王国が所有する最高戦力であるアルカス騎士団のみが掲げる事を許されたものだ。


「騎士かー。悪い人達じゃないけど、ちょっと関わりづらいんだよね。みんなルールだ、規律だって」


 何度か戦場を共にしたことがあるが、大半の騎士が規律を重んじるお堅い性格だった記憶がノルノには色濃く残っている。


「そうか? 仕事ならあれくらいが付き合いやすいだろ。わかりやすいし」


「そうだね。確かに彼らは規律を破る他者に厳しい対応をするけど、それも誇り高き騎士であろうとする想いが根本にある。少なくとも報酬の払い渋りや、背中から刺される心配が無いのはありがたいよ」


「わー二人とも大人―」


 団長と副団長の立場上、仕事仲間として騎士団と接することが多いシルとレイとしては、ルールを守っていればスムーズに付き合える騎士団には好意的なイメージを持っている。

 しかし、今回はその規律を重んじる在り方は、都合の悪い方に働く可能性が高い。


「問題は今回は俺達がルールを破る側ってことだな」


「アルカス王国では破竜討伐の際に竜具を入手した場合、王国に引き渡すのが決まり。扱いを誤れば破竜の復活を招く竜具を、王国が管理するのは理にかなっているけどね」


 竜具は強大な力を所有者に与えるが、そのためには竜具と取引を躱さなければならない。取引内容は竜具と所有者によって様々で、例えば生涯リンゴを食べない事を条件に能力を得ることができる。

 取引の内容が所有者にとって厳しいものであるほど能力は強力になるが、もし条件を破れば所有者を竜核として破竜化が行われる。

 むやみに破竜化が頻発する不測の事態を防ぐため、アルカス王国では出現した竜具を王国が管理する事になっている。


「私達としてはちゃんと大金払って引き取ってくれるから普段はありがたいけど、今回は引き取られると困っちゃうね」


「一度引き取られれば、後は王国の保管庫行き。ただの傭兵に過ぎない俺達が再度手に入れるのは、まず不可能だろうな」


「バレたら絶対面倒なことになるよねー。融通の利く人が隊長ならいいけど……」


 規律を重んじる騎士にとって規律は絶対。たとえ竜具を故郷に返してやりたいという人道的な理由があっても、竜具を渡すことを迫られる可能性は高い。

 そして一度竜具を渡せば、少なくとも正規の手段では二度とシルの手元に返ってくることは無いだろう。


「清廉たる騎士様に嘘偽りを口にするのは気が引けるけど、哀れな破竜の救済のためだ。ここは涙を飲んで真実を偽るとするよ……」


「そこらじゅうの街に現地妻がいるクソ野郎が何寝言ほざいてんだよ」


「あんたほんとにいつかめった刺しにされるからね」


「――あ、騎士団の皆さーん。こっちでーす」


 都合の悪い言葉を左から右に受け流し、レイは手を振って騎士団を誘導した。

 レイは一度話を逸らすと二度と軌道修正はさせてくれない。

 その口の上手さをもっと別の事に活かして欲しいと呆れながら、シルとノルノは近づいてくる騎士団の姿を眺めていた。


「こんなのが副団長でこれからも大丈夫なのかね……」


「財政圧迫してるあんたが言うな」


 なぜこんなツートップが問題児な傭兵団に加入してしまったのかノルノが思い悩んでいるうちに、騎士団は村の中へと突入してきた。


「破竜出現の報告を受けて出動してきたのですが、これはどういう状況ですか?」


 壊滅した村の中心で固まっていたシル達に声をかけてきたのは、集団の先頭を走っていた騎士だった。

 装備はほとんど傷が無い新品を纏い、所作もややぎこちなく未熟さを残している。


「初めまして、傭兵団【竜と猫】の副団長を務めています。レイ・ヴァレンと申します。まずはそちらのお名前などお聞きしてもよろしいですか?」


 丁寧なレイの自己紹介を聞き、騎士は慌てて馬から飛び降りた。


「し、失礼しました‼ 馬上からの無礼をお許しください。アルカス騎士団ミラー隊所属、ロイ・グレイスです!」


「はい、よろしくお願いします。とりあえずあちらの方に怪我人がいますので、そちらの治療をお願いします。詳しい話はそれからです」


「了解しました。シルフェさん、お願いします!」


 怪我人がいる事を聞き、ロイはすぐに背後へと呼びかけた。どうやら運良く治療担当の人物が同行しているらしい。


「怪我人ですか‼ どこですか⁉ 重傷ですか⁉」


 ロイの呼びかけに応じて駆けてきたのは、これまた若い少女。しっかりと騎士団の鎧を着用しているが、なぜか怪我人を探すその表情は、秘密基地を探す少年の様に光り輝いていた。


「私が案内します。こっちへお願いします」


 ノルノに誘導され、少女はノルノと共にヒュースの倒れている方へと向かう。


「かなりの重傷ですか?」


「ええまあ……破竜の攻撃をまともに受けて、多分全身の骨が折れています」


 ヒュースの状態を伝えて表情が険しくなるノルノに対し、少女の口角は吊り上がっていく。


「ぜ、全身骨折⁉ それは……さぞ治し甲斐があるでしょうねぇ……うへへ……」


(この人に任せて大丈夫かな……?)


 不安げなノルノ達の背中を見送り、レイは再びロイの方へと向き直った。

 ノルノ達を見送る間に続々と騎士達が村に到着し、レイ達の周りにはロイに次いで更に数人の騎士が集まって来ていた。


「まず僕達が村に到着した頃には、村は壊滅していました。生存者は三人のみ、うち一人は重傷。破竜の方は既に討伐済みです。何か質問はありますか?」


「君達だけで破竜を倒したのか? 傭兵団単独で破竜を討伐するとは中々やるじゃないか」


 レイに質問を投げかけたのは、ロイよりも一回りは年上に見える好青年だった。ロイとは違って初対面のレイにも物怖じしない態度で、親しみやすい印象をレイ達に感じさせる。


「正確には俺達三人と向こうにいる二人です。破竜もせいぜい七等級の強さでした。大したことじゃありませんよ」


 レイに代わり破竜と接敵したシルが質問に答えた。実際に破竜と戦ったのはシルとレイだが、わざわざこちらの戦力を律義に伝える必要は無いだろう。


「君は……? 待てよ。その銀髪……竜と猫……もしかして君、最近噂の【銀竜】?」


「――知られていましたか。一応俺が【竜と猫】団長のシル・ノースです。その呼び方は恥ずかしいので止めてもらえますか?」


 シルとしては不本意な二つ名から正体を言い当てた騎士に、辛うじてシルは苦笑いで応じた。

 あまり【銀竜】の名で呼ばれることをシルは好んでいない。それ故のシルらしくない苦笑いでの対応だった。


「それは失礼した。だが噂は聞いているよ。たった五人で三等級の破竜を討伐した傭兵団がいると。そして、その傭兵団を率いる団長は、破竜と同等の魔力を持つ銀髪の男だと」


「三等級をたった五人で⁉ うちの国なら騎士団の総力を挙げて挑むレベルですよ⁉」


 七等級ならば害獣レベルにギリギリ収まろうかという破竜も、三等級となれば話は大きく変わる。

 三等級に分類されるレベルの破竜は、国単位での被害を与える可能性も十分あり、討伐には傭兵にも大幅な招集が掛けられ、国家が一丸となって当たる事案となる。

 一年前、その三等級相当の破竜を五人だけで討伐した竜と猫の名は、少なからず知られる事となった。


「事実だそうだぞ? 実際に救われた村人が証言してる。一度会ってみたいと思っていた。私の名はローラン・ミラーだ。よろしく頼む」


「ミラー? もしかしてこの隊の……?」


「ああ、私がこの隊の隊長だ。ところでシル君、一つ聞きたいのだが……」


 自らの身分と名を明かし、ローランはシルに腕を差し出した。

 それに応じてシルも腕を差し出し、二人は熱い握手を交わした。そして、一瞬だけ真面目な顔になったローランは更に質問を追加した。


「――竜具は出現したのかな?」


「いえ、今回は出現しませんでした。まあ相手が七等級でしたからね」


 突然の質問にも一切の動揺を見せず、シルは即答で返した。


(握手の直後に聞いてきたのは、俺の反応を身近に感じ取るためか? 温厚な見た目に反して食えない男だな)


 この程度で動揺するようでは、傭兵団の団長は務まらない。

 嘘を付いている様子の無いシルを見て、ローランも再び表情を崩した。


「うむ、破竜の等級が高いほど討伐時の竜具出現率は上昇する。七等級なら出現する確率は二十パーセント以下と言ったところか」


「ええ、その通りです。俺達も大金を手に入れられなくて残念ですよ」


 ローランの質問を見事に回避し、シルとレイは目配せをしてお互いに胸を撫で下ろした。

 しかし、突如乱入してきた声によって、状況は一変する事になった。


「嘘はいけないですねー。シルさーん? その外套の中にある本は一体何なんでしょうかー?」


 シルとレイの心の安息は、一瞬にして破壊されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る