第17話 トロの戦い①

 もちろんマドリードに集結していた者達は、自分の街へと戻る。オカニャやその他の場所で相次いで寝返りが起きる。エストゥニーガ家はポルトガルに亡命。


 喉の病気でつい最近亡くなられたフアン・パチェコの子、ヴィジェナ侯爵ディエゴ・ロペス・パチェコは軍事支援を拒否。イザベルちゃん派に鞍替えする。まあ、元々息子さんはイザベルちゃん寄りではあったのだけれど。


 そして、一部の騎士団は解散を決めたのだった。



 だけど、1476年1月末、アフォンソ5世の息子ジョアン王太子が援軍を率いてやってくる。ジョアンは武勇にも優れ、完璧な人間と言われていた。アフォンソ5世は息子の援軍に喜ぶと、再び軍を進めることを決める。


 そして、1476年2月中旬にはポルトガル連合軍がサモラの街を包囲した。包囲者が包囲されているという奇妙な状況になったのだった。


 ただ2月のスペインは寒くて雨が2週間続いた事もあり、ポルトガル王国の包囲軍はサモラの街を離れて休むことにし、トロへと撤退を開始したのだった。


 すると、フェルナンド君は、エドゥアルド・アソーの助言もあり、追跡してトロ付近に到達し、そこで両軍は交戦する事になったのだった。



 後にトロの戦いと呼ばれる、カスティーリャ王位継承戦争の山場をむかえたのだった。


「アソー殿」


「なんでしょう?」


「中央軍の指揮官にはやはりアソー殿がふさわしいかと」


「いえっ、え〜と……」


 じいこと、エドゥアルド・アソーは一生懸命にイザベルちゃんの策を思い出していた。


「いえいえ、私が中央軍などと、では、左翼軍の指揮官はやりましょう」


「そうですか……。では、中央軍の指揮は枢機卿どのにお願い致しましょう」


「えっ? フェルナンド様が指揮されないので?」


 じいは、首をかしげつつ、フェルナンド君に聞く。


「はい。私は、右翼軍を指揮しようかと」


「はあ、え〜と?」


 じいは一生懸命考える。


「敵の左翼軍の指揮官はジョアン王太子でありましたな〜」


「はい。完璧王子と言われるジョアン王太子と戦ってみたいのです。正面から」


「はあ」


 じいは、イザベルちゃんの言葉を思い出していた。「勝てぬじゃろ〜な〜」


 え〜と、何か助言を……。


「負けそうだったら、すぐにお逃げください。そして、イザベル様の策を実行して頂くと……」


「ハハハハハ、私では勝てませんか。わかりました。さっさと逃げる事とします。イザベルの為にも」


「え〜と、よろしくお願い致します」


 意外と正解だったのかな?





 トロから5kmほど離れた郊外で両軍はにらみ合う。お互い、中央、左翼、右翼に軍を分け、向かいあった。


 イザベル派は、総勢2万8千。中央軍の指揮は枢機卿なのに何故か戦いが得意なペドロ・ゴンザレス・デ・メンドーサ枢機卿率いるカスティーリャ貴族1万2千の軍勢。


 そして、左翼軍を率いるのはじい事、エドゥアルド・アソー。ここにはイザベルちゃんの近衛軍やカスティーリャの精鋭部隊(コロネリア)が配置された。数は6千。


 で、問題の右翼軍は、フェルナンド君が率いて、アラゴン王国軍1万。



 一方、フアナ王女派というかポルトガル王国側は、中央軍はアフォンソ5世自らが率いる、ポルトガル王国軍とポルトガル貴族軍。アフォンソ5世率いる前衛に1万。ペドロ・デ・メネセス率いる後衛に5千。


 右翼軍は、一部のポルトガル貴族とトレド大司教アルフォンソ・カリーリョ率いるカスティーリャの軍隊。数は5千。


 左翼軍は、ジョアン王太子率いるポルトガル王国の精鋭部隊 (シュヴァリエ) と陸軍の火縄銃隊、および槍投げ兵がいた。数は5千。



 戦いは、すでに重装騎兵の時代から軽騎兵と火器の時代になっていた。


 当時のスペイン軍は、剣と円盾を装備した歩兵と、ヒネーテと呼ばれる軽騎兵を中心としていた。


 しかし、フランスとイタリアで戦っていたアラゴン王国は、フランスの重騎兵とスイス傭兵の槍兵を中心としたフランス軍に野戦で勝利できなかったのだ。


 こうした情報を聞いたイザベルちゃんは、組織改革を行う。この中で生まれたのがコロネリアと呼ばれる部隊編成であった。


 円盾と剣を廃止し、スイス槍兵同様にパイクを持たせた槍兵には密集隊形(方陣)を組ませ、周囲と両翼に袖のようにクロスボウや火縄銃を装備した投射兵を配置したのだった。


 これが、後々進化して、最強の軍テルシオとなり、最精鋭の軍隊と呼ばれるようになったのだった。





「さて、どこから始まるか」


 エドゥアルド・アソーは前方に展開した、同じカスティーリャ人の軍勢を見ていた。


 数は僅かにこちらが多い。しかし、率いるはイザベルちゃんに託された、最新鋭にて最精鋭の軍隊。火縄銃の数も多い。まず、負ける要素はなかった。



 では、行こうか。そう考えた時だった。


「わ〜」


 どこかで戦いが始まったようだった。突撃を開始した兵士達の声だろう。


 では、我々も行くか。


「前進」


 静かにエドゥアルド・アソーが言うと。方陣を組んだコロネリアが前進を開始する。そして、敵も突撃を開始する。あちらは、旧式の軍隊。主攻は軽騎兵だった。


「放て」


 ババババババ〜ン!


 火縄銃が激しい音を響かせ火を吹く。敵の軽騎兵の隊列が乱れる。そこに今度はパイクを持った槍兵が突っ込む。剣と盾を構えた兵士が救援にやってくるが、こちらはハルバートを構えた兵士が待ち受ける。


 コロネリアが敵を蹴散らし、敵軍は体勢を立て直す為に距離をとる。と、火縄銃が火を吹く。


「こちらは勝ったな」


 エドゥアルド・アソーは、前進し、敵の陣地が置かれていた場所まで進み敵兵を蹂躙する。見ると、フアナ王女派の戦旗が地面に転がっていた。


 エドゥアルド・アソーは、戦旗を拾い上げると、伝令に渡し。中央軍の戦いが行われているだろう場所に目を向けた。



「あちらはどうなっているか? まあ、行けばわかるか」


 エドゥアルド・アソー率いる左翼軍は、戦場を中央へと移す。

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