第16話 カスティーリャ王位継承戦争②

「まあ、勝てぬじゃろ〜な〜」


「えっ?」


 トルデシリャスの街は、王権に対して絶対忠誠をとるという伝統があった。そのトルデシリャスの街の宮殿にて、フェルナンド君が出兵した後、じい事、エドゥアルド・アソーに発したイザベルちゃんの第一声がこれだった。



「頭は良いのじゃが、素直すぎるのじゃ」


「まあ、そうですな~」


 じいは、イザベルちゃんに振り回されるフェルナンド君の姿をいっぱい見ていた。


「ですが、こちらの方が数は上回っておりますし、有能な騎士もついておりますれば……」


「有能な騎士の〜。まあ、じいもだが、有能な騎士は脳筋なのじゃ。正面から戦ってなどと、いまだに言っておるからの〜。なあ、じい」


「はあ。まあ、そうですな~」


 確かに思い当たるフシは多々あった。


「妾が戦場に出れれば良いが、これじゃからの〜」


 イザベルちゃんは、ぽっこりと膨らんだお腹をさする。


 そう、すっかりバルバデガトーの料理にはまり、食べ過ぎて、ぽっこりお腹に……。


「何を言っておるのじゃ〜。そこになおれなのじゃ〜。妾は子をなしておるだけなのじゃ〜」


 大変失礼しました。


 イザベルちゃんはフェルナンド君との子供がお腹にいて戦場に出る事ができないと言う事らしい。


「姫様、突然どうされました?」


「何でもないのじゃ。それよりもじいに頼みたい事があるのじゃ」


「はっ、何なりとお申しつけください」


「うむ。まあ、妾の使者だというていで、まあ、後になるが行ってフェルナンドの手助けをしてほしいのじゃ」


「はい、かしこまりました」


「で、ここからが重要なのじゃが」


「はい」


「まあ、妾の命だと言って総大将ではないが副将として軍勢の半分を率いてほしいのじゃ」


「えっ、フェルナンド様は、納得されるでしょうか?」


「妾の使者だ。フェルナンドがなんと言おうと、イザベル派の将は付き従おう」


「なるほど」


「それでなのじゃが……」


 イザベルちゃんは、そこまで言うと、誰もいないがじいの耳元でささやく。


「えっ。はあ、なるほど。さすが姫様です。このエドゥアルド・アソー、姫様の策、必ず実行させて頂きます」


「うむ、よろしく頼むのじゃ。しかし、じいは、妾に長きにわたって良く尽くしてくれるの〜。感謝なのじゃ」


「勿体なき御言葉。私も美しいイザベル様におつかいでき、心から嬉しく思っております」


「美しい……。確かに、妾は美しいが。外見で忠誠を尽くすのか?」


「もちろんでございます! 美しくない者はそれだけで罪」


 イザベルちゃんは、始めて絶句する。エドゥアルド・アソーの絶対忠誠は、自分の外見に向けられていたのだと。


 しかし、自分が美しい外見である限り、じいは絶対忠誠を示し続けると理解もした。例え敗北し追い詰められても、自分の事を命をかけて守り抜くだろう。


 だけど、複雑な心境のイザベルちゃんだった。


「じい、え〜と、まあ、頼むのじゃ」


「はっ!」





 4日後、フェルナンド君はトロに到着したが、そこでポルトガル国王アフォンソ5世は、数で上回るイザベル軍との直接の戦闘を避けた。


 フェルナンド君は長期にわたる包囲に必要な資源が不足していたので、トルデシリャスへ一旦帰還すると軍隊の解散を余儀なくされたのだった。


 そして、アフォンソ5世は予想されるフランスの介入を待つためにアレバロに戻った。



 その後、戦いは小康状態になる。ただ、ベナベンテ伯でイザベラちゃんの支持者であるロドリゴ・アルフォンソ・ピメンテルは、ポルトガル軍を監視するために小規模な部隊とともにバルタナスに陣取っていた。


 その軍勢をポルトガル軍は攻撃する。ナベンテ伯の軍勢は、1475 年 11 月 18 日に攻撃され敗北。ナベンテ伯は投獄されてしまったのだった。


 ただ、ポルトガル王アフォンソ5世は、この勝利でブルゴスへの道が再び開かれたにもかかわらず、再び撤退を決意した。サモラへと移動する。


 アフォンソ5世の積極性の欠如はカスティーリャのフアナ同盟を弱体化させ、寝返りする者もあらわれ崩壊の兆しを見せ始めたのだった。



 この状況を見て、イザベラちゃんの支持者たちは反撃を開始する。


 イザベル派の軍勢は、交通の要衝であるトルヒーリョを占領し、カラトラバ騎士団の土地のかなりの部分であるアルカンタラ騎士団の土地とヴィッレナ侯爵家領の支配権を獲得したのだった。



 さらに、12月4日、サモラの守備隊の一部がアフォンソ5世に対して反乱を起こし、アフォンソ5世はトロへの逃亡を余儀なくされた。 ポルトガルの守備隊は城の支配を維持したが、翌日、街はフェルナンド君を迎え入れたのだった。



「さすがイザベル様だ」


「ああ、凄まじいお方だ」


 そう、サモラの守備隊の反乱もイザベルちゃんの交渉によるものだと思われた。まあ、どちらかというと、有能なベルトランさんの交渉術によるものだったのだが。


「本当にイザベルは凄いよな~」


「ええ、まあ、そうですな」


 素直に感心するフェルナンド君の横で、じいこと、エドゥアルド・アソーは、曖昧な返事を返す。あまり何が起こっているのか把握してないだけだった。





 その後も、小競り合いは続く。


 そして、アフォンソ5世はその重い腰をようやくあげる。


 ブルゴスの近郊の城を攻略したフアナ王女派の軍勢からの救援要請だった。ブルゴスの街は相変わらずイザベルちゃんの軍隊が駐留していて、ブルゴス近郊の城を包囲したのだった。



 アフォンソ5世の軍隊は包囲された城の救出に向けて進軍を開始した。カンタラピエドラの街も占領したアフォンソ5世は、途中、バルタナスでベナベンテ伯爵の槍兵400名を破ってベナベンテ伯を投獄し、ブルゴスからわずか60kmの距離に達したのだった。


 これを受けて、日和見を決めていた貴族や、騎士達がフアナ王女派として名乗りをあげた。そして、マドリードに集結し、アフォンソ 5 世にマドリードに向けて南進するよう要請したのだった。



 だがこのタイミングでアフォンソ5世は反転する。息子であるポルトガルの王子が援軍に向かっているという報を受けたのだった。アフォンソ5世は、ブルゴス近郊の城を運命に任せて撤退した。


 だが、最悪のタイミングでの撤退だった。ブルゴス近郊の城は1476年1月28日に降伏し、アフォンソ5世の威信は地に落ちたのだった。

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