第12話 わがまま姫の日常なのじゃ〜? 〜後編〜

「はい、赤ワインね〜」


「うむ、ありがとうなのじゃ」


 イザベルちゃんは、赤ワインを受け取ると、またグビッと飲む。


「うむ、これも美味なんじゃ〜。味がしっかりしており、わずかに甘みと、そして、バーニラ、バニラなのじゃ〜」


 イザベルちゃんは、妙な歌うような感じで最後をしめる。


「?」


 そして、イザベルちゃんは顔をちょっとピンクにしつつ、


「マジュンゴ、これに合う料理を持って参るのじゃ〜」


「はっ、かしこまりました」



 マジュンゴはそう言うと、慌てて厨房に戻る。そして、すぐに戻ってくる。


「レッチャッソアサードね〜」


「うわっ!」


 じいが驚きの声をあげてのけぞる。


 顔つきの子羊の丸焼きが出てきたのだった。



 ここマドリード近郊は海が遠く牧畜が盛ん。となると、魚介類よりも良く食べられるのは肉類という事になる。


 そして、出てきたのは生後2週間程度の乳飲み子の羊の丸焼きの、レッチャッソ アサードだった。


 聖書の中でも登場する子羊は、クリスマスイブの日に家庭でも食べられる非常にポピュラーな肉なのだ。


 草を食べ始めた羊は大人の羊のあの特有のニオイになるそうだが、乳飲み子の子羊は本当に臭みもなく柔らかくてとてもジューシーな味わいなのだ。


 ちなみに子豚の丸焼きは、コチニーリョ・アサードだった。



「可哀想ですな~」


「そう思うなら、じいは食べなくて良いのじゃ。人は万物の命を食して生かしてもらっておるのじゃ。家畜にも、穀物、野菜にも命はあるのじゃ。妾は神に感謝して食べるのじゃ」


「申し訳ありません、姫。かしこまりました。私も神に感謝して食させていただきます」


「うむ。ならば良い。じゃがな、これは2人では多すぎるのじゃ。皆で食したいと思うが良いかの?」


「はい、かしこまりました。では、取り分けてしまって良いでしょうか?」


「うむ、よろしくなのじゃ〜」


 そう言うと、マジュンゴは、子羊の丸焼きが乗った皿を持って厨房に戻る。そして、あまり時間をおかずに、出てくる。イザベルちゃんとじいの分だった。


「おお、さすがなのじゃ〜。では、さっそく食べるのじゃ、じい」


「はい、いただきます」


 はふっ、もぐもぐ。


「う〜ん、美味しいですな~。なんとも柔らかく、口の中でとけてしまいますぞ」


「うむ、そうか。で、なんともないのじゃな?」


「はい」


「そうか、では、頂くとしようかの〜、頂きますなのじゃ〜」


「はふっ、もぐもぐ、なのじゃ〜。うむ、美味なのじゃ〜、美味しいのじゃ〜」


「喜んで頂いて良かったです」


 そう言うと、マジュンゴは厨房に戻り、今度は小さめの皿を持って出てくる。


 美味しい部分を中心に、三分の一程をイザベルちゃんとじいの分として切り分け、残りの三分の二を10人で分けるようだった。



 皿を置かれた常連さん達は、目を輝かして皿を見る。


 本来かなり高額な料理であり、マジュンゴはイザベルちゃんが金持ちだと思い、近所の肉屋から子羊を取り寄せ調理したのだった。


 なので、常連さん達は、イザベルちゃん達に感謝の言葉を口々につぶやく。


「うおっ、うまそ~、ありがとうございます」


「えっ、本当に食べて良いんすか。頂きます」


「なっ、お祝いでしか食べた事がないですよ。姫さん、ありがとうございます」


「えっ、これっぽっちかよ、小せ〜な〜」


 ボカッ、ドカッ、ドスッ。


「いて〜な〜」


「ただで食べて、これっぽっちとか失礼だろ」


「お前は、馬鹿か、馬鹿なのか?」


 1人の常連さんが、言った言葉で怒り、本気で叩く他の常連さん達。


「良いのじゃ〜。もぐもぐ。妾はご機嫌なのじゃ〜、気にしないのじゃ〜。もぐもぐ」


「そうですか、ありがとうございます」


「それでよ。姫様さんって、どこの姫さんよ」


「おいっ、こらっ、また、余計な事を!」


 また、さっきの常連さんがイザベルちゃんに突っ込んだ質問をし、怒られていた。


「うん? 妾か? 妾は、イザベル・デ・カスティーリャなのじゃ〜」


「えっ! イ、イザベル」


「カ、カスティーリャ?」


「あ〜、わがまま姫か〜」


「おいっ!」


 すると、今まで上機嫌だったイザベルちゃんが、突然怒る。いやっ、顔は満面の笑みだった。こ、怖い。


「誰が、わがまま姫か〜。無礼者、そこになおれ! じい、斬ってしまえ」


 イザベルちゃんがそう言うと、常連さん達は、イザベルちゃんをわがまま姫と言った、常連さんを前に押し出す。


「えっ、お、俺か?」


「ひ、姫様、おやめくだされ」


 じいが静止すると。


「ヒャヒャヒャ、冗談なのりゃ〜〜」


 そう言いつつ、イザベルちゃんは床にストンと座る。


「ひ、姫様?」


「く〜、く〜、く〜」


 見るとイザベルちゃんは可愛らしい寝息をたてて寝ていた。


「はあ〜、ですから、あれほど言ったのですが……」


 だが、じいは慌てなかった。じいは、店にの外に出ると、仕えを送って呼び寄せていた兵士達が輿を持って入ってくる。じいはイザベルちゃんを抱え、輿に乗せる。


「ご主人、これは迷惑料を合わせてのお会計です。本当に、迷惑かけて申し訳なかっ

 た」


「いえいえ、我々も楽しかったです。また、お越し下さい」


 そして、常連さん達も同意の言葉をかける。


「ああ、是非。またお会いしたいです」


 とか、


「また、来いよ~」


 とか。また、叩かれていたが。



 すると、イザベルちゃんはムクッと起き上がり。


「美味しかっりゃのりゃ〜。まや、くるのりゃ〜」


 イザベルちゃんは、輿の上で眠そうにそう言いながら去っていった。


「やれやれ、面白い方だが、騒がしい方だったな〜」


 そう言いつつ、マジュンゴは、じいから渡された金貨を見て満面の笑みを浮かべる。



 さて、何を買おうかな~?

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