第10話 わがまま姫の日常なのじゃ〜? 〜前編〜
「何なのじゃ〜、これは〜、美味しくないのじゃ〜」
「姫〜、わがままを言わんで下され〜」
「でも、美味しくないのじゃ〜」
マドリードのエル・パルド宮にて、豪華な食事が並んでいたが、その食事を食べると、イザベルちゃんは不満気に叫ぶ。
美味しくないのじゃ〜、って言ったって、結構豪華な食事だと思うけどね~。お金かかってるよ~。
「お金の問題じゃないのじゃ〜、美味しくないから美味しくないと言ってるのじゃ〜」
「はい?」
「え〜い、この料理を作った料理人を呼べ〜、手討ちにしてくれるのじゃ〜」
「姫〜、やめて下さい。剣を振り回さないでください~。姫〜」
近くに置いてあった剣をブンブンと振り回すイザベルちゃん。危ないからやめようね~。
「うるさいのじゃ〜」
さて、スペイン料理と言われて何を思いつくだろうか?
パエリア、トルティージャ、ガスパチョ、バカデアホ?。などなど。
「バカデアホとは暴言なのじゃ〜。そこに、なおれ! 成敗してくれるのじゃ〜」
「ひ、姫様。誰を成敗されるおつもりですか〜?」
「うん?」
え〜と、失礼しました。バカデアホは冗談です。バカはスペイン語で雌牛ちなみに雄牛はトロ。アホはニンニクですが、バカデアホと言っても雌牛のニンニク炒めとはなりません。
まあ、トルティージャは18世紀の料理なので無いが、イスラームの料理より発展して、パエリアやガスパチョのような料理はあったようだった。トマトは新大陸発見後なので、ちょっと雰囲気は違うけど。
で、そんな美味しいスペイン料理も作る料理人の腕で、違うようで……。
「プンプンなのじゃ〜」
「姫〜、その勝手に出歩かれては危の〜ございますよ〜」
「じいがいるから大丈夫なのじゃ〜」
「おお、姫〜、そんな嬉しい事を、ありがとうございます」
「うむ。襲われたらじいを置いてさっさと逃げるから、大丈夫なのじゃ〜」
「姫〜」
まあ、仲の良い2人だった。
そして、イザベルちゃんはマドリードの街の中を歩き回ると1軒のお店の前で立ち止まる。
「うむ、ここから美味しい匂いがするのじゃ〜」
そこは、バルバデガトーという店だった。
「確かに良い匂いがしますが。庶民の店に姫様が入るなど……」
と言ってる間にイザベルちゃんは、さっさと店に入る。
「頼も〜、2人なのじゃ〜」
「いらっしゃいませ」
低く渋い声が響く。そこには、この辺りでは珍しい黒髪で、髪は短く切られているが、逆に立派な髭をはやしている。目はくりっとして男性に言うのは失礼だが、可愛らしい。身長はさほど高くないが、ガッチリとした体格のどこかで見たことのあるような男性が料理人のようだった。
「お主が料理人か? 面妖な外見じゃの〜。名は、なんと申す?」
「マジュンゴですが。元々先祖は遠く東方の地の生まれでして、妙な名前でしょ」
「うむ、面白い名じゃ。でだ、妾はお腹がすいてるのじゃ、何かつくってたもれ」
「かしこまりました」
そう言って、マジュンゴは厨房に入って行った。イザベルちゃんは、周囲を見回すと、席に座る。
お店は結構混んでいた。じいも慌てて入ってきて、イザベルちゃんの向かいの席に座る。
「姫様〜、大丈夫でしょうか? このような……」
「あっ? このような、って何だい?」
隣の席に座っていたお客さんがじいを睨む。
「いえっ、申し訳ない」
じいこと、エドゥアルド・アソーは名門貴族だが、庶民に対して偉ぶらない。
「うむ。良い匂いなのじゃ〜。匂いだけでヨダレがなのじゃ〜。ジュル」
「姫様〜、下品でございますぞ〜」
そう言って、じいはイザベルちゃんの口元を拭く。
「ハハハハ、そちらのお姫様は分かってるじゃないか」
「そうなのじゃ、分かっておるのじゃ〜」
「いいね~」
どうやらイザベルちゃんは認められたようで、常連さん達の視線が柔らかくなる。
などとやってるうちに、料理が運ばれてくる。
「はいよ~。まずは、バカラオ・アル・ピルピルね〜。それと、これはサービスね〜。飲みながらつまんでて」
店の主人はそう言って、イザベルちゃん達の前にバカラオ・アル・ピルピルと呼ばれた、見るからに熱々の料理と、素焼きの陶器に入れられた飲み物を置いていった。
「これは、何なのじゃ〜?」
イザベルちゃんは、そう言って自分の前の飲み物をグイッと飲む。
「ああ〜、そんな一気に……」
周囲の常連さん達が慌てて止めるが。
「うむ、うまいのじゃ〜、上等な酒なのじゃ〜」
「え〜と、上等な酒ではないだろうけど、気に入ってくれたなら良かったのかな?」
常連さん達は顔を見合わせつつ、首をかしげる。
そんな事を気にせず、イザベルちゃんは料理に目を向ける。そして、
「じい、あ〜んなのじゃ〜」
「はい?」
「あ〜ん、と口を開けるのじゃ」
「おお、姫様が、このじいに食べさせてくれるというのですか。かしこまりました。あ〜ん」
じいが首を前に出し口を開けると、イザベルちゃんは、激しく煮えたぎり、湯気のたつバカラオ・アル・ピルピルをじいの口に放り込む。
「ん? ひっ! あ、熱! ひっ! み、水〜!」
そう言って、エドゥアルド・アソーは店の床を転げ回る。慌てて水を持って厨房から出てくる、マジュンゴ。
「うむ。とても熱々なのじゃな。しっかりと冷まして食べるのじゃ」
イザベルちゃんは、そう言うと、バカラオ・アル・ピルピルをすくい、可愛らしいお口を近づけると。
「ふ〜、ふ〜、なのじゃ。ふ〜」
そして、可愛らしい口を恐る恐る近づけると。パクっ、もぐもぐ。
「うむ、美味なのじゃ〜!」
「な、なんて恐ろしい」
水をごくごく飲んで、真っ赤な顔をして舌を出している、じいを気にせず。美味しそうに食べるイザベルちゃん。それを見ておびえる常連さん達だった。
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