第8話 イザベルちゃんの結婚② 

 地中海を使っての貿易路は、オスマン帝国、ベネチア共和国、ジェノバ共和国、そして、アラゴン王国が激しく争いつつ、その利益を牛耳っていた。


 そして、衰退しつつあるイスラーム勢力を見て、いち早くポルトガル王国が西アフリカへと進出していた。エンリケ航海王子の業績でもあった。カスティーリャ王国はその争いに遅れをとっているのだ。


 それなのにだ。


「妾に、ポルトガル王と結婚しろじゃと?」


 まあ、かつてエンリケ4世もそう言っていたので、また言われるかなと思っていたが、やはりか〜。と思いつつ、イザベルちゃんは、フアン・パチェコ達、反エンリケ派の面々に文句を言う。


 その貴族達もイザベルちゃんの行動に当惑し、エンリケ4世に謝罪して国王派に寝返った方々と、イザベルちゃんの勧誘によってイザベル派と呼ばれる方々が離脱して、だいぶ少なくなっていた。


「はい、ポルトガル王様は、奥様を亡くされてだいぶたたれておりますから、なんの問題もないかと」


「おぬし等はやはり馬鹿なのじゃ。それが問題なのじゃ。なぜ、妾がそんな古ぼけた男と結婚せねばならぬのじゃ?」


「えっ! それは、国王陛下との約束ですので……」


「そうか、分かったのじゃ」


「おお、イザベル様、ようやくお分かり頂けましたか〜」


「うむ、おぬし等と話すことが無駄じゃと分かったのじゃ」


 そう言うと、イザベルちゃんは玉座から立ち上がり、謁見の間から出て行った。


「イザベル様! イザベル様!」


 バタン!


「ちっ、あのわがまま姫が」





 謁見の間を出ると、イザベルちゃんは、そのままエル・パルド宮を出ると、じいだけで無く、ベアトリスさんや、アンドレスさん、そして、反エンリケ派からイザベル派へと転身したトレド大司教区の大司教アルフォンソ・カリーリョさん達も一緒だった。


 このカリーリョさん、カスティーリャ王国で最高位の聖職者であり、実は反エンリケ派の筆頭フアン・パチェコさんのおじでありながら、イザベル派へと転身したのでした。


 しかし、


「まあ、信用は出来ませんが……」


「うむ、分かっておるのじゃ〜。主義主張がないでの」


 という感じでもあった。だが、カスティーリャ王国において屈指の権力者なので利用する。というイザベルちゃんの主張だった。


「馬鹿とハサミは使いようなのじゃ〜」



 彼らの周囲には、多くの騎士、兵士も集い、反エンリケ派の面々もどうすることも出来ず、エル・パルド宮を出ていく、イザベルちゃん達を見守ることしか出来なかった。


「フォフォフォ、さあイザベル様参りましょう」


「うむ、参るぞ~、目的地はアラゴン王国じゃ〜」


「はっ!」


 そして、イザベルちゃん達は、アラゴン王国のバヤドリッドに入る。



「イザベル、待っていたぞ」


「フェルナンド、お待たせしたのじゃ〜、大儀だったのじゃ〜」


「えっ?」


 そして、バヤドリッドの街に入ると、父であるフアン2世からシチリアの王位を継承したシチリア王フェルナンド2世が待っていました。


 まあ、シチリア王と言いながら、シチリアには即位式の時に行ったきり、後はシチリア総督に政治を任せていた。それでも、王である。



 アラゴン王太子であり、シチリア王であるフェルナンド2世と、カスティーリャ王女イザベルとの結婚は、バヤドリッド市民が祝福する中、盛大に執り行われた。


 もちろんアラゴン王フアン2世も出席して、二人を祝福したのだった。


「ハハハハ、めでたいめでたい、これで、アラゴン王国も安泰だ。ハハハハ」



 こうして、1469年10月18日。イサベラちゃんとフェルナンド君は、結婚契約に署名し無事に結婚することになった。


 カリーリョさんは2人の結婚式に立ち合い人をトレド大司教として勤め上げ。


 カリーリョさんは2人の結婚を認める教皇の勅書も偽造して結婚は正当なものだとしたのでした。ちなみに、正式な勅書は1471年にシクストゥス4世から出されることになった。



 この時、イザベルちゃんは白く美しいドレスをまとっていた。フェルナンド君は、赤の礼装だった。


 そして、イザベルちゃんは、薄い布で出来たヴェールを、純潔の証としてかぶり、顔を覆っている。怖いことに、ちゃんと女性の修道女さんが、確認するのだそうだ。イザベルちゃんもちゃんと純潔だったようだ。


「何か言ったかの〜?」



 大聖堂の入口に到着すると、二人は、階段の下に並ぶ。階段上には、カリーリョさんと、その助手として、男性の司祭様と女性の修道女さんが並ぶ。


 そして、二人の背後にはアラゴン王フアン2世と王妃が、少し離れてじい達、家臣が並ぶ。さらに護衛の騎士達を挟んで、遠巻きに、バヤドリッド市民が、大聖堂前の広場を埋め尽くす。



 全員がひざまずくと、カリーリョさんは、神に祈りを捧げる。


「天に在す我らが父よ。願わくは、この者達に祝福が在らんことを、アーメン」


「アーメン」



 御祈りが終わると、偽造された結婚宣誓書をカリーリョさんに渡す。そして、



「イザベル・カスティーリャよ。汝は、フェルナンド・アラゴンを夫とし、終生、共に歩む事を神に誓えますか?」


「誓います」


「フェルナンド・アラゴンよ。汝は、イザベル・カスティーリャを妻とし、終生、共に歩む事を神に誓えますか?」


「誓います」


「では、フェルナンド様、イザベル様の左手の薬指に、結婚指輪をはめてください。それをもって結婚が成立します」



 カリーリョさんの言葉で、フェルナンド君は、イザベルちゃんの左手の薬指に結婚指輪をはめる。


 そして、左手の薬指にはめる理由は、この時代、左手薬指と心臓の血管が直結していると考えられ、心からこの結婚を承諾している証とされるからだった。



「神よ、御照覧あれ。ここに、この若者達の結婚が成立しました。この若者達に、神の祝福が在らんことを。さあ、皆で祈りましょう。アーメン」


「アーメン」


 結婚が成立すると、広場を埋め尽くす人々から、祝福の言葉が、僕達にかけられる。


「御結婚おめでとうございます」


「おめでとう〜」


「お幸せに〜」


 等と、祝福の言葉であふれる。


 そして、


「では、誓いの口づけを。頬に軽くで良いですからね」


 フェルナンド君は、イザベルちゃんの顔を覆うベールの下に両方の手の親指をかけて。イザベルちゃんが、お辞儀するように少しかがんだら、持ち上げ折り返すように、ベールを頭の上にかける。


 そして、フェルナンド君は、イザベルちゃんを少し引き寄せると頬に軽く口づけをする。



「では、ミサを行いましょう」


 カリーリョさんがそう言うと、大聖堂の入口が開き、カリーリョさんは反転し大聖堂の中へと歩き出した。



 バヤドリッド大聖堂の入口で渡された大きなヴェールを、イザベルちゃんとフェルナンド君で共にかぶり奥へと、カリーリョさんに導かれ進む。



 そして、イザベルちゃんとフェルナンド君が、祭壇の前に立つと、列席者が教会の中に入り席へと座る。



「では、シチリア王フェルナンド2世と、カスティーリャ王女イザベルエリサリス夫妻の結婚を祝し、ミサを行います」



 カリーリョさんの言葉で、ミサが始まり、神に祈りを捧げ、その後は、初めての共同作業という程ではないが、一枚の小さなパンを二人で分け食べ、その後、銀の杯に注がれた、ワインを少量ずつ口をつける。


 そして、二人で一本のろうそくを持ち、聖母様像の燭台にろうそくを灯し、祈りを捧げる。これで、一通りの儀式は終わった。



 そして、始まった時と同じように、カリーリョさんに導かれて入口へと戻る。



 外に出ると始め列席者が馬車に向けて道を作っている。その道を通り馬車へと向かう、イザベルちゃんとフェルナンド君。


 すると、


「行こうか」


「はい」


 夫婦として、第一歩を踏み出したのだった。

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