第2話

 

 全てがおかしかったんだ。


 まず最初に俺と脳丸先生の家に同時にインターホンが鳴ったこと。


 これは巨ちん先生が配達日時と時間を指定していたと本人談。


 でも、流石に時間を指定、と言っても最低でも配達時間の振り幅は少なくとも1時間はあったはず。


 だが結果全く同じ時間に届けられたというのは、一概に巨ちん先生が持っていた、としか言いようが無い。


 そして、第二に俺と脳丸先生の住所を把握していた、ということ。


 いくら親しいとはいえ、まだネット上の付き合いを出ていない人物が自分の住所を知っているというのはホラーでしかない。


 しかし、事情を聞けば俺はタネも仕掛けもなく単純なことだった。


 オ〇ホ爆破事件の時に送ったオ○ホでこちらの住所が割れていた。中々初歩的ミスである。そして、脳丸先生も俺と全く同じ理由だった。


伏線回収というべきなのか、恩を仇で返されたというのか。どちらにしろはた迷惑な話である。


 ちなみに巨ちん先生は聞いたらすんなり住所を教えてくれた。ネットリテラシー云々は俺たちの仲では効力を発揮しないらしい。


 だが、どれもこれもインターネット上で正しく交友関係を深めた結果とも言える。


 インターネットだとか現実だとか、もちろん違いはあるにしても結局のところ本質は同じだと俺は思う。 


 まぁ、何はともあれ。今現在、褐色メスガキ(サイン入り)×50はダンボールに包まれて俺のベッドの下で眠っている。


 俺はそういう本に関しては根っからのデジタル派。実物を持つなんてもちろん初めてのことであり、エロ本をベッドの下に隠すなんて以ての外。


 焼却することも考えたが、そんなことしたら毎晩巨ちん先生が夢に出てきそうなので諦めた。


 ゴミ袋で捨てることも視野に入れたが近所の人に見つかったらひとたまりもない。


 結果として良い案が見つからずベッドの下で眠っている。


 巨ちん先生は「リア友に布教よろ」とか軽々しく言ってたけどそんなことできるかい。


「はぁぁぁーーー」


 要するに、現時点で俺はクソデカため息をつくしかないのであった。


「どうしたの怜士? そんな大きなため息ついて」


「あ、いや、なんでもない」


「そう?」


 下校中の通学路に吐いて捨てたつもりだったため息は【峰崎みねざき すみれ】に拾われたようだった。


 もちろん俺がお友達から褐色メスガ(以下略)を大量に頂いたなんて相談できるわけもなく。


 不思議そうな俺の顔を見る菫を見つめ返すとすぐにそっぽをむかれてしまった。一応、峰崎家とは家族ぐるみの付き合いで、菫とも物心つく前から一緒に過ごしてきた仲で、いわば幼馴染。


 とは言っても。幼馴染ではあるが現時点そこまで交友が深いわけでもない。昔から互いのことを知っているという至って普通の幼馴染。


 たまたま今日が菫の妹、椿つばきの家庭教師の日、ということに加え校門でばったり会い知らんぷりして帰るのも忍びなく今に至る。


 逆にそこまでしないと帰ることもない。それほどの仲なのである。


 ちなみに俺と菫は高校2年。


 椿ちゃんは中学3年生で受験シーズンまっしぐらなので、不肖にもこの僕【下斗米しもとめ 怜士れいじ】が椿ちゃんの家庭教師を仰せつかっている訳だ。


「椿は最近どう? ちゃんと勉強してる?」


「うん、真面目だし、中学生らしい元気もあって教え甲斐があるよ。このままいけば学力的にもウチの高校は余裕そうだしね」


「そっか……なら、よかった」


 なんともいえない空気感。別に一緒にいて不快感を感じるわけではないけど、かといって何か新しい感情が湧くわけでもない。

 

 小学生までは一緒にお風呂に入る仲、そして中学生の思春期真っ只中に若干距離ができ、いまだにそれを埋めきれずにいる。


 それ以上でもそれ以下でもない。


「あ、ついたね。じゃあ今日はよろしく怜士」

「あぁ、任せてくれ」


 そう言って俺たちは隣同士の家に入った。


―――――

 

「はい、今日はこんなもんだろ」


「うひぃー、今回も疲れましたね」


 みっちり2時間コース。今日は椿の苦手な数学だったから、特に力を入れた授業だったのだがそこそこ理解してくれているようで何よりだった。


 制服のままカーペットに寝転ぶ椿。だらしなくセーラー服からお腹を覗かせている。


「そこで寝たらシワになるぞ。お腹も出てるし、冷えるぞ」


「いーーーんですーー。いいんですよおー」


「はいはい。トイレ行ってくるからそれまでに帰る準備しとけよー」


「わーかりましたぁー」

 

 ほぁーー、などと阿呆声を出しながら寝返りを打つ椿。白いパンツが見えたが興奮も何もない。だって、おむつ履いてる頃から知ってるし。


 もう四捨五入したら妹。


 現実で妹と母親に欲情する人はいません。というか逆に理性を取り戻させてくれる存在なのである。

 

 そういう意味ではいろいろと助かっている。


 ちゃっちゃとトイレを済ませ、二階へと戻る。ドアを開けると相変わらずそっぽ向いて寝転ぶ椿。


「まだ準備してないのか……ほら、帰れ椿」


「いや、ちょ、ちょっと」


「はぁ、ほらよっと」


「あちょっ!!」


 一向に起き上がる気配がなかったので脇腹に腕を通し一気に持ち上げる。


 椿が比較的小柄な体格でいてくれて助かった。そのまま地面に立たせた。相変わらずそっぽ向いたままだった。


「ちょ、ちょっと、いきなりやめてください……椿、自分で帰れるので……そ、それじゃあ」


「え、準備は」


「お、終わってます!! 失礼します!! ありがとうございました!!!!」


「え、あ、うん?」


 まるで犯罪者を前にしたかのような焦りようで出ていった椿。チラリと見えた顔はどこか紅潮しているようにも見えた。


 言われてみれば机の上はケシカス1つ見えず、参考者なども見当たらない。


「……なんだぁ? まぁ、思春期の女の子なんてこんなもんか。次は、えーっと、明日か」


 思春期の中学生なんて高校で出る問題なんかよりはるかに難しくて面倒なんだ。自分が一番よくそれを知っている。


 俺は数分前の出来事についてそれ以上考えることを諦め、晩御飯を食べるために部屋を出た。


―――――


 翌日。午後5時過ぎ。


 事件は起こった。


 いや、起こるべくして起こった事件だったのかもしれない。


 今そんなことを語っても仕方がないのは十分承知ではあるが。


 ただ、現実を。


 目の前に広がり、五感全てが示す事実を、受け入れるしかないのだ。


「ざぁこレイジっ」


 髪の毛はツインテール。スカートは膝上20センチ。


「今日もざこざこ家庭教師を〜」


 ニヒル染みた舐め腐ったその笑顔に吊り目が強調される。


「せいぜいお願いしま〜すwww」


 今まで透き通るほど白かった肌の色は今や褐色に染まり、その姿はまるで。まるで。


「あれぇ〜? どぉ〜したのぉ〜?w w こういう女の子のことが、サイン貰ってそれ全部保管するほど好きなんでしょ〜w w」


 巨ちん先生の作品に出てくる褐色メスガキ、それそのものだった。


――――――


やっとヒロインを出せました。遅くなってすいません。


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