近所のメスガキ分らせたら幼馴染がメスガキになった

和橋

序章 すべての始まり

第1話 


 ヘッドフォンから聞こえる雑談を聞き流しながら、煌々と光る画面に向かってペンを走らせる。一つ戻して、また描く。


 これら単純作業の繰り返しで、より良く美麗な線を取捨選択していき、ゴール美少女へと一直線へと向かっていく。


 間髪入れず作業を続けた結果、画面には俺が現時点で描ける最も可愛い女の子になるであろう作品の線画が完成した。

  

 マグカップに入ったカフェオレで喉に流し込み、先ほどまで右耳から左耳へと聞き流していた雑談に耳を傾ける。

 

『いやぁー。〇〇先生の新刊。やっぱシコリティ高すぎる。どうやったらあの肉感だせんの? マジ神』


『いや、肉感もなかなかだけど、やっぱ女の子の可愛さでしょ。あの先生が描く女の子マジで癖の核心に刺さるからやばい』


 どうやら俺以外の2人は有名な絵師先生が出した新刊のエ〇同人について語っているようだった。もちろんこの先生の新刊は俺も読了済みである。


 ミュートを解除し、マイクを口元に近づける。ちなみに今現在は仲の良い作家が集まったグループでの通話中だ。


「いーや、どれも的を得ているようで違うんだな。あの先生の本質は、『汁』だな」


『汁……?』

『味噌汁なんて出てたっけか? てかオコメ先生乙です。原稿上がったんだ』


「いいや。やっと線画が終わったとこ。進捗について語るのはもうやめよう頼む」


『なるほど了解した』

『りょ』


 やはり、何度も死線締め切りを潜り抜けてきた同志たちは理解の深みが違う。その理解に今回ばかりは甘えさせて貰うことにした。


「味噌汁じゃなくて。女の子の汗とか、その他もろもろの体液の描き方が他の作家とは一線を画している、と思うんだ」


『ほぉう……汁、かぁ』

『いわれてみれば、確かに?』


「もちろん、肉感、女の子のデザイン、可愛さ、話の展開。どれをとってもトップレベルのシコリティだけど、あの先生にしか描けないエロい汁感がある、そう思うんだ!! バンドを縁の下の力持ちとして働くベースのように、なくても成立はするだろうが、無いとどこか物足りなくなる。それがあの先生の『汁感』!!!!」


『『お、おぉー』』


 マイクからどこからともなく拍手と感嘆がこぼれた。それと同時に画面に表示された名前の横のマイクアイコンが緑色に光る。二人が喋ったことに反応したようだ。

 

『さすが俺ら中堅作家の光』

『よっ次世代のエース』


「言い回しが体育会系ぇ……てか、別に中堅作家とか大手とか気にしてないでしょ僕たち。趣味で好きなものを描いてるだけだし」


 作家とは言っても、今俺が話している通話グループのメンバーは他にも数人いて、そのほとんどに本職が別にあり、あくまでも趣味で書いている人達ばかりだ。


 もちろん俺もそのうちの1人であり、尚且つおそらく高校生なのは俺1人だけだろう。


 今までの内容的にもお察しな方も多いと思うがもちろん俺が描くジャンルもエロである。そう、まごうことなきエロ。

 

 高校生がそんなものを描いて大丈夫なのか?


 他のメンバーは注意しないのか?


 という質問。これは現代におけるSNSの匿名性によってひとえに保たれている秘密なのだ。


 学生、とは伝えているがわざわざ自分から年齢を晒すこともないし、仲間から聞かれるということもない。


 良い距離感を保ちながら、良い関係を築けている。


 やはり関わり方にさえ気をつけてつければSNSとは最高なものである。


『あ、そういえばさ』


 通話グルに入っているうちの1人、主にメスガキ物を中々熱心に描いている同じく18禁作家【ワカメのワレメ】、通称【巨ちん】先生が思い出したような声と共にゴソゴソと物音を立て始めた。


『おうおうどうした、またTE○GAが壊れたか?』

『やめろそれ。しかもTE○GAじゃない。オ〇ホだっての』

「オナ〇爆破事件懐かし……てかまだご存命なんだ……」

『ご存命かって? 当たり前のことを聞くなよ』


 オ〇ホ爆破事件。


 始まりは数ヶ月前、いきなりこのグループ届いた巨ちん先生からのメッセージだった。


 「相棒が、爆発しちまった……」


 こんな悲痛でインパクトのあるメッセージで他のメンバーが集まらない訳がなく。


 ものの数分で全員がオンラインになり、グル通にはいると酔った巨ちん先生が嗚咽混じりの声(ビデオ付き)で5年愛用したオ○ホに穴が空いたという報告を1時間近くされた事件であり、純粋に巨ちん先生の酔いが覚めてきたことと、あるメンバーの「貫通型になって洗いやすくなったから結果オーライなのでは?」という天才的な一言で丸く収まった事件。


 これは今でも伝説の事件として語り継がれている。


 ちなみに巨ちん先生と呼ばれ始めたのはこれと同時期である。


 俺は労いと慈悲の気持ちで、巨ちん先生に聞いて全く同じオ○ホを送ってあげたっけ。


 パッケージは吊り目で生意気を言ってきそうなロリだったことは誰にも言わないようにしている。


 まぁ、巨ちん先生の性的趣向とブツのサイズについては置いておくとして。


 画面を見ると巨ちん先生のアイコンに代わってビデオが映し出され、巨ちん先生本人が写っていた。巨ちん先生はあの事件以来グループの仲間になら顔出しする抵抗はないらしい。


 これこそ怪我の功名と巨ちん先生は言っていたけど、どう見ても強がりなのは確かだった。


 それにしても巨ちん先生、大の大人がこんな表情してても大丈夫なのかな、と思ってしまうほど無邪気な笑みを浮かべていた。


 本当の本当に、侮辱するつもりなんて1mgもないのだが、表情と人相が相まって快楽で少女を誘拐する犯人みたいで正直怖かった。


(もちろん巨ちん先生自身は気さくでめちゃくちゃいい人である)


 そんな巨ちん先生、ニヤリ、とさらに口角をあげ、口を開いた。


『実はな、俺、ヤッちまったんんだよ』 

「っっっ……!!!」

『っっっ……!!!』


 その刹那。息を呑むことすら躊躇するような緊張感が全身に走った。今、考えていたことが現実に起こってしまうのだろうか。


 いい人だってフォローを入れた手前、そんなことは起きないでほしい。


 俺たち2人の言葉が出るよりも先に、巨ちん先生のごつい腕と共に――1つの冊子が画面に映った。


『これって……』

「巨ちん先生の……作品?」


『そう!! ついに!! 初めて【印刷】ってもんをしてみたんだよ!!!』


「『お、おぉー……』」


 俺と脳丸先生は、あの刹那、全く同じことを考えていたはずだろう。そう確信を持てる。


 ちなみに紹介が遅くなったが脳丸先生も例に漏れずそっち系の作家で、名前に反してグループ内トップレベルのアブノーマル物の使い手。


 本人曰く『ビジネスアブノーマルだから。性的趣向はノーマルだから』といつの日かに語っていた。


 その言葉を純粋に信じ切っていた僕は、脳丸先生の作品を覗いて割と後悔した。そのレベルだった。


『ん? なんか反応微妙じゃない? どしたん?』

「あ、いやいや、えらく勿体ぶってたから気を取られて……ってすげぇ!! めっちゃ発色良くないですか!?」

『お、気づいた? 印刷童貞なりに色々調べて頑張ったんだよー。印刷所の評判とかね』


 そう言いながらも自分の作品を破顔ですりすりする巨ちん先生。正直、中々犯罪チックである。


 この作品は確か、巨ちん先生の1作前の褐色メスガキ物の作品だったっけ。


 確かに、俺も初めて自分の作品が手元に来た時はめちゃくちゃ感動したなぁ。俺のはただのコピー本だったけど。それでも自分の創作物が現実のものとなる時の感覚は何とも言い難い。


『うわぁー、確かに。こりゃすげぇなぁ……。巨ちん先生おめでとう!!』

『あざすあざす。今日この子だけで白飯四杯食ったわ』

「お、おぉう……」


 事実確認はおそらく必要ないですねこれ。


『ところで巨ちん先生?』

 

 脳丸先生がふとしたように問いかける。


『ん?』

『これ、結構お高くついたんじゃありませんの??』

『あーーー、それね。うんうん。結構難しかったね。刷る量のラインがね。うんうん』


「刷る量の」

『ライン?』


 どういうことだ? 一冊だけ印刷して自己満足に浸ればいいのでは? 


 巨ちん先生コミケに行くって話もしてなかったから、部数が必要なわけではないだろうし……。


『いやー、やっぱりね。うん。こんなに良いものが一冊じゃダメだと思ったんだおれ』

「……と、言いますと……?」


 ここで会話を遮るようにインターホンが鳴った。


 確かうちには今日俺しかいないはず……仕方ない。不在票でもう一度手続きするのも面倒だし。


 巨ちん先生には申し訳ないが、一旦話は中断だ。


 まぁ、脳丸先生のとこにもちょうど宅配が来たみたいだし、運が良かった。


 巨ちん先生がなぜかめちゃくちゃ頷きながら仏のような笑みを浮かべていたのは謎だったが、変にキレてくるよりはマシだなと自分に言い聞かせた。


 一度もキレられたことはないけど。


 部屋を出て階段を降り、ドアを開けると案の定シロネコ宅急便の配達員さんだった。


 素早くペンをもち、サインを済ませた俺は、俺宛の荷物だったこともあり、何か注文したっけかと記憶を辿りながら妙に重い段ボールを持ち、駆け足で階段を上がる。


 自室のドアをあけ、ヘッドフォンを急いでつけると途端に聞こえた脳丸先生の悲鳴。


『ヒ、ヒィッ!!! な、なんだよ巨ちん!! なんだよこれぇっ!!!』

「え、だ、大丈夫っすか……」

『ほらほらオコメ君は気にせず。早く届いたダンボール開けな? それにしても最近の宅配業者は素晴らしいねぇ……』

「あ、わかりました……」


 それにしても、俺宅配が来たって、巨ちん先生に言ったっけ? 


 最後の言動といい、頬を羽が触れるような不快感に似た違和感を感じながら、カッターでガムテープを切り、開く。


 そして、中身と《目が合った瞬間》。妙に重い荷物の謎と、巨ちん先生が宅配だと知っていたこと。


 そして、俺は脳丸先生が悲鳴を出した理由が十分すぎるほど理解できた。


 できてしまった。


『どうだい? 素晴らしいだろ??』


 ダンボールにこれでもかと詰められていたのは、数冊、いや、それどころじゃない。


 数十冊以上にも及ぶ巨ちん先生の褐色メスガキ本(全サイン入り)だった。


 あっけにとられる俺、悲鳴を上げる脳丸先生、それをサタンのような笑みで聞いている巨ちん先生。


 この褐色メスガキ本が全ての始まり、いや、元凶になるなんて、この時は知る由すらなかった。

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