第57話 幼馴染に申し訳なく思うわたし (春百合・蒼乃サイド)

 わたしの心は、冬一郎くんに、冬布さんとの仲睦まじいところを見せつけられることによって、壊れてしまった。


 その日の夜、わたしはベッドの中でずっと泣き続けていた。


 なんでわたしは、あんな酷い人を選択してしまったのだろう。


 いや、心の底ではいずれこうなることを予想していたはずだ。


 冬一郎くんは、既に何人もの女性たちと付き合い、その女性を捨ててきた。


 それはわかっていたはずだ。


 わたしもその女性たちと同じ運命をたどる可能性は強いということを。


 それにも関わらず、わたしは冬一郎くんの甘い言葉に惑わされた。


 そして、陸定ちゃんを捨ててしまった。


 確かに冬一郎くんと付き合い始めた頃は楽しかった。


 夢のような時間を過ごすこともできた。


 しかし、それは今思うと、愛のない空虚なものだった。


 冬一郎くんは、その場その場で楽しい思いをする為に、わたしに愛をささやいていただけだったのだ。


 それだけのものでしかなかった。


 でもわたしは、それを本物の愛だと思ってしまった。


 このベッドで入っていた二人だけの世界。


 入っていた時は、これこそ二人が作る幸せの世界だと思っていた。


 そして、これからもこの幸せな世界を二人で作っていきたいと思っていた。


 しかし、それは幸せなことでも何でもなかった。


 わたしの思い込みに過ぎなかったのだ。


 なんでこんな人とそういう世界に入ってしまったのだろう……。


 今のわたしは後悔の気持ちで一杯だ。


 心が苦しくてたまらない。


 わたしは、冬一郎くんがイケメンだということが、心が動かす大きな要因になってしまったことを後悔している。


 陸定ちゃんも顔立ちはいい方だ。


 しかし、長年一緒にいる内に、慣れ過ぎてしまったところはある。


 心の底では、新しいイケメンの人と出会えないかなあ、と思っていたのだ。


 冬一郎くんは、わたしが心の底で思っていた新しいイケメンで、あっという間に好きになってしまった。


 もう少しわたしが、男性に対してイケメンというだけでは好きにならず、性格の方を重視していれば、冬一郎くんに心を動かされることはなかったと思う。


 そして、わたしの心の中では、次第に陸定ちゃんに対して、申し訳ないという気持ちが湧き出してきていた。


 思えば陸定ちゃんは、人付き合いは苦手なのに、わたしにはやさしかった。


 いつもわたしに対して気づかいをしてくれた。


 でも、いつしかわたしはそれを当然と思うようになっていた。


 それどころか、陸定ちゃんに対して、もっとわたしに尽くしてほしいという気持ちを心の底では、いつも持っていたように思う。


 そういう気持ちは、恋人どうしになってからは、抑えきれなくなってしまった。


 それが、陸定ちゃんを物足りないと思う気持ちにだんだん変わってしまったのだとと思う。


 そうなっていたところに、冬一郎くんが登場し、わたしの心を奪ってしまったのだ。


 わたしがもっと陸定ちゃんに対して、思いやりの気持ちを持っていれば、むしろわたしの方が、陸定ちゃんに尽くしたいと思っただろう。


 お互いに尽くし合っていけば、陸定ちゃんとの仲も深めていくことができただろうし、冬一郎くんの誘惑に屈することはなかったはずだ。


 わたしは陸定ちゃんに心から謝りたい。


 陸定ちゃんとは、恋人どうしになったところからやり直したい。


 やり直すことができるのなら、今度は、もう陸定ちゃんのそばからは一歩も離れず、尽くしていきたい。


 でももうそれは無理だ。


 陸定ちゃんは、わたしの手の届かないところに行ってしまった。


 そう思うと、陸定ちゃんには申し訳ない気持ちで一杯だ。


 ごめんなさい、陸定ちゃん。


 わたしはそれからもずっと泣き続けた。

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