第56話 振られてしまったわたし (春百合・蒼乃サイド)

「友達どうしがキスとか、その、二人だけの世界に入っていくことはないと思うの」

 わたしが少し恥ずかしがりながら言うのだが、冬一郎くんは、


「いや、そういうことは、恋人どうしではなくても、ただの友達どうしでもすると思う」


 と言って冷たく反論する。


「いや、普通は恋人どうしとしか二人だけの世界には入らないと思う」


 わたしはまた反論するのだが、冬一郎くんは、


「友達どうしだって、お互いに好意があればすると思う。わたしはきみにその時は好意を持っていたし、きみも俺に好意を持っていた。だから、二人だけの世界に入っていたんだ。そんなことも理解できないのかな?」


 とわたしのことをあざけり笑いながら言う。


 そして、


「俺はきみに幻滅してしまった。夏井がこの世を去ってからというもの、俺と一緒にいても、どこかで、夏井のことを想っている。それが一日や二日の間だったなら許容もできるが、一か月も経つのにまだ夏井のことを想っている。俺の恋人であるということを主張するのなら、いつも俺のことを想うべきだ。それができないのに、恋人ということがよく言える。その点、冬布さんはいつも俺のことを想ってくれている」


 と言った。


 これはわたしにとって大きな打撃になる言葉だった。


 別れたとはいうものの、陸定ちゃんは幼馴染。


 この世を去ったとなれば、ある程度の間は、陸定ちゃんの思い出で心が占有されるのが当然ではないかと思う。


 それでもわたしは、恋人である冬一郎くんへの想いを優先しようと努力してきた。


 その努力は評価してくれないのだろうか…。


 わたしは、そういう内容のことを冬一郎くんに言おうとした。


 しかし、その前に冬一郎くんは、


「きみとの話をこれ以上しても無駄だ。俺はきみとはただの友達としか思っていないんだ。俺の恋人は、冬布さんだ。なあ、そうだろう?」


 と冷たく言った。


 そして、その言葉を受けて冬布さんは、


「わたしが池好くんの恋人。あなたはただの友達ね」


 と言って、冬一郎くんと同じようにわたしをあざけるように笑った。


 わたしは、急激に気力がなくなっていく。


 冬一郎くんは、もう手の届かないところに行こうとしている。


 もう冬布さんが冬一郎くんの恋人なのだ。


 そして、陸定ちゃんを振った時のことを思い出した。


 その時は理解ができなかった。


 しかし、陸定ちゃんも今のわたしと同じ屈辱を味わったということが、ようやく理解できるようになってきた。


 陸定ちゃんは、心にこれだけの心に打撃を受けたので、心も体も壊れてしまったのだ……。


 わたしはいったい今まで何をやってきたのだろう?


 イケメンでスポーツマン。


 やさしさと思いやり。


 甘い言葉と声音。


 そういうところを魅力的に思ったわたしは、冬一郎くんを選択し、陸定ちゃんを捨てた。


 それは大きな間違いだった。


 冬一郎くんは、上辺だけのやさしさと思いやりしか持っていなかった。


 陸定ちゃんは、表面上は人付き合いがしにくそうなタイプ。


 しかし、心の底からのやさしさと思いやりをもっていた。


 そして、心の底からわたしのことを想ってくれた。


 これは何よりも魅力的なところだったのだ。


 それに気がついた時は、もう手遅れだった。


 陸定ちゃんに捧げるべきだったものは、冬一郎くんに捧げてしまった。


 それにも関わらず、今こうして冬一郎くんに捨てられてしまう。


 わたしが陸定ちゃんを選んでいたら、今頃は、少しずつではあっても、陸定ちゃんと恋人どうしへの道を進んでいた。


 陸定ちゃんも、この世を去ることはなかっただろう。


 でも、もうわたしは間に合わない。


「それじゃ、もう用は終わったから、俺たちは帰ろう」


「これから遊びにいかない?」


「うん。そうしよう」


 冬一郎くんと冬布さんは、微笑みながら、わたしのところから去っていく。


 わたしは、何も言えずに、ただ立ち尽くすのみだった。

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