第54話 幼馴染からの手紙 (春百合・蒼乃サイド)

 わたしが思うに、多分、男子生徒の方は、わたしには興味は持っても、恋敵になりそうな陸定ちゃんには興味を示さない、もしくは、無視したり反発したりすることが多かったので、陸定ちゃんのことについて、慰めの言葉を言う気はおきなかったのだろうと思う。


 そして、放課後になると、涼子さんを含むわたしの三人の友達以外は、もう誰も陸定ちゃんのことに触れることはなくなっていた。


 わたしの心の中では、空虚な思いが少しずつ占め始めていた。


 しかし、そんなわたしを冬一郎くんが癒してくれた。


 屋上で持ち合わせたわたしたち。


 冬一郎くんは、


「夏井のことは残念だった。しかし、蒼乃さんは俺が守る。俺が幸せにしてあげる」


 と言ってわたしを抱きしめた。


 わたしは涙を流しながら、ますます、


「冬一郎くんと一緒に幸せになりたい」


 という気持ちが強くなっていった。


 陸定ちゃんがこの世を去ったことに伴う式については、わたしが参列することもなく、別居中だった両親とごく少数の身内だけで行われた。


 そして、それが終わると、陸定ちゃんのお父様は帰っていった。


 別居状態はそのままのようだ。


 お母様の方は、手続きがあったので、一週間ほどは陸定ちゃんの家にいた。


 しかし、残してきた両親が心配とのことで、一旦帰ることになった。


 陸定ちゃんのお母様が帰る当日。


 わたしはお母様に、家に呼ばれていた。


 そして、お母様は、一通の手紙をわたしに差し出した。


 お母様は、涙をこらえながら。


「陸定は、『俺がこの世を去った後、もし渡す機会があったら、この手紙を蒼乃ちゃんに渡してほしい』と言っていたの」


 と言った。


 お母様は、その他にも何かいいたげだったが、それ以外は何も言わなかった。


 多分、病床の陸定ちゃんから、わたしについて、話をしたことがあったのだろう。


 その中には、わたしに言いづらい話があったのかもしれない。


 でも、我慢しているのだろう。


 涙は流しているが、黙ったままだ。


 わたしは、


「ありがとうございます」


 と頭を下げることしかできなかった。


 陸定ちゃんのお母様が実家に戻るのを見送った後、わたしは自分の部屋に戻った。


 そして、封を開けると、そこには、


「俺が蒼乃ちゃんのことを幼馴染として大切な存在だと思っていたこと」


「振られてしまったとはいうものの恋人として大切に思っていた」


「まだ蒼乃ちゃんのことをあきらめてはいないこと」


 と言う内容のことが書かれていた、


 冬一郎くんのことは一切書かれていない。


 そこにわたしは、陸定ちゃんのやさしさを感じた。


 ただ、


「まだ蒼乃ちゃんのことをあきらめてはいない」


 という言葉を見て、わたしはつらい気持ちを感じるようになった。


 陸定ちゃんは、わたしが酷いことをしたにも関わらず、わたしのことをまだ想ってくれていたのだ。


 陸定ちゃんがこの世を去った当時だったら、冬一郎くんへの想いが強くて、つらい思いをしてもすぐに回復したかもしれない。


 しかし、この一週間で、陸定ちゃんがいない寂しさはわたしの心のかなりの部分を占めるようになってきた。


 これは私としても想定していなかったことだ。


 わたしはこうした心を冬一郎くんとの恋愛で、修復していこうと思っていたのだけど……。


 陸定ちゃんがこの世を去ってから一か月ほどが経ったある日。


 メールが冬一郎くんからきていた。


 陸定ちゃんがこの世を去ってから一週間後の頃から、冬一郎くんは、


「俺、これから用事があるから」


「今度の休日は、用事があるからデートできない」


 と言って、わたしと会う機会を減らすようになった。


 電話でも話すことがだんだん減ってきたし、メールもタイムリーには送信してこない。


 どうしたのだろう?


 そう思い出していた頃だった。

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