第52話 幼馴染と別れたわたし (春百合・蒼乃サイド)

「ごめん、ごめん。蒼乃さんが夏井と幼馴染だって言うから、二人に遠慮していたところはあったんだ」


 冬一郎くんがそう言ったのに対し、わたしは、


「そんな遠慮、しなくてよかったのに」


 と応えた。


「そうだ。俺が間違っていたよ。俺は蒼乃さんのことを昨年の春に知った時、一目惚れしたんだ。でも、今まではずっと我慢していた。幼馴染がいることは知っていたんで、ずっと遠慮していたんだ。蒼乃さんが俺のことを受け入れることがわかっていたら、一目惚れした時点で告白しておけばよかったね。ごめん」


「今が幸せならいいじゃない。わたし、冬一郎くんのことが好きよ」


「俺だって蒼乃さんが好きだ」


 結果的にこのやり取りは、陸定ちゃんに更なる打撃を与えることになった。


 その後も、わたしたちの陸定ちゃんへの攻勢は続いた。


「そうだ。お前は幼馴染っていうだけで、蒼乃さんの恋人になった。でもそれはそれだけの話でしかない。しょせん、蒼乃さんとお前はつり合いのとれる存在ではなかったのだ」


 と言って冬一郎くんが攻撃すると、


「わたしは魅力があると思っている。何と言っても学校一の美少女なのだから。これはただのうぬぼれではないの。周囲の人たち全員がそう言ってくれている。魅力のないあなたとはつり合わないと思っていたけど、幼馴染ということで好意はあったので、あなたの告白を受けた。でもわたしとつり合う男性が現れたらすぐ乗り換えようと思っていた。そこに現れてくれたのが、冬一郎くんだったの」


 と言って冬一郎くんの攻撃を援護する。


 相当の打撃を受けていた陸定ちゃんだったが、まだあきらめていないようだったので、いよいよ切り札を出す時がきた。


「どうだ、夏井。もう蒼乃さんは俺にラブラブだ。もうあきらめろ」


「俺は、俺は、あきらめたくない……」


「まだあきらめないのか。全くしょうもないやつだ。ならば、俺と蒼乃さんの仲睦まじいところをお前に見せつけてやろう」


 そう言うと冬一郎くんははわたしを抱き寄せて、


「蒼乃さん、好きだ」


 と言って唇をわたしに近づけていく。


「冬一郎くん、好き」


 わたしも唇を近づけていく。


 そして、私たち二人は唇を重ね合った。


 陸定ちゃんはこれで大きなな打撃を受けたようだ。


「どうして、どうして、俺にそこまで打撃を与える必要があるんだ……」


「これぐらいしなければ、お前は蒼乃さんのことをあきらめないだろう。だから、徹底的に打撃を与えることにしたんだ」


「あまりにも酷い……」


「それだけじゃない。今日の夜、俺たちは、蒼乃さんの家で過ごす。蒼乃さんの両親は当分の間はいないということなんでね。そこで、二人の仲をより一層深めていくのだ」


「これから二人で素敵な世界に旅立っていこう」


 冬一郎くんは、わたしを再び抱き寄せながら言う。


「何を言っているんだよ、あなたは。どこまで俺に打撃を与えるんだ……」


 陸定ちゃんの目から涙がこぼれてくる。


「じゃあ、そう言うわけで、俺たちは素敵な夜を過ごす。蒼乃さん、よろしくお願いします」


「では行きましょう」


 わたしたちは、わたしの家に入っていこうとする。


「蒼乃ちゃん、待ってくれ。俺は蒼乃ちゃんが好きなんだ。愛しているんだ……」


 陸定ちゃんの悲しい声。


 でもラブラブになっていたわたしたちに、その声が聞こえることはなかった。


 そして、わたしたちはその夜、わたしの家で二人だけの世界に入っていった。


 隣の家にいる陸定ちゃんも、その状況を想像することはできただろう。


 これで、わたしたちは、陸定ちゃんに決定的な打撃を与えた。


 これで、陸定ちゃんはわたしのことをあきらめたと思った。


 そして、これからは、冬一郎くんとの幸せな人生が待っていると信じていた。

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