第49話 幼馴染の恋人はイケメン池好くんに寝取られる (春百合・蒼乃サイド)

 そして、わたしたちは、ホテルの前に来た。


 愛する男女が二人だけの世界に入っていくことを一番の目的にしたホテル。


 その入り口でわたしたちは一旦止まる。


 池好くんは、


「これから俺は春里さんと、ここで恋人どうしとしての儀式を行いたい。そして、恋人としての意識を、お互いにもっと高めてきたいんだ。もちろん賛成してくれるよね」


 と恥ずかしがりながら言ってくる。


 ここまで来ても気づかいをしてくれる池好くん。


 わたしが反対だと言ったら、そのまま帰るつもりなのかもしれない。


 ここまで来て何もできなかったら、池好くんの方もつらいだろうが、わたしの方も高揚した気持ちを抑えていくのはつらい。


 ここは強い賛成の意志を示す必要がありそうだ。


「もちろん賛成するわ。わたし、池好くんと恋人どうしとしての儀式をしたいし、お互いにもっと高め合っていきたいと思っている」


 わたしは少し強めの口調で言った。


 しかし、言ってから、急激に恥ずかしさに襲われていく。


 わたしったら、何をやっているんだろう。


 はしたない女性と思われちゃう。


 でも池好くんは、


「ありがとう。賛成してくれて。それじゃ、二人で最高の夜を作り上げていこう」


 とわたしにやさしく言ってくれた。


 こうして、わたしたちはそのホテルに入って行った。


 わたしの友達である子林涼子(こばやしりょうこ)さんは。既に恋人と二人だけの世界に入っていた経験者で、そののろけ話の中でも、


「この恋人どうしの儀式というのは、恋人としての一つの幸せの頂点を極めるということ」


 と言っていた。


 わたしもそれを聞いて、大いに期待をしていたところはあった。


 しかし、池好くんとの儀式は期待以上のものだった。


 池好くんとのキス、二人だけの世界。


 二人だけの世界から戻ってきた頃には、わたしはもう池好くん以外の男の人のことは、考えることができないほど、池好くん一色に染め上げられていた。


 お互いの呼び方も、苗字呼びから名前呼びに変わった。


 帰りの電車でもずっと手をつないだまま。


 駅で別れる時は、さよならのキス。


 一晩中、一緒にいたいぐらいだったのだけれど、それは仕方がない。




 それから家に帰って、お風呂に入り、ベッドでくつろぎ始めた頃までは、ずっと幸せな気分だった。


 ベッドの上に座っていると、さすがに、少し寂しい気持ちになってきた。


 まだ冬一郎くんと一緒にいたかったという思いが湧き上がってきていたのだ。


 そうしたところに、冬一郎くんからメールがきた。


「今日はありがとう。最高の一日だった」


 わたしは再び幸せな気持ちになった。


 わたしも、


「最高の一日をありがとう」


 と書いて送信した。


 わたしは、その後もしばらくの間、幸せな気持ちを維持することができた。


 夜遅い時間になっても、普段だと、お互いの部屋の窓を開けて陸定ちゃんとおしゃべりをすることが多い。


 でもそういう気持ちには全くならなかった。


 陸定ちゃんの方も、わたしが出かけていたのは知っているので、窓を開ける様子はない。


 冬一郎くん一色になったわたしは、陸定ちゃんと会話をしたくなかったので、ホッとした。


 そして、ベッドでくつろいでいると、だんだん陸定ちゃんの告白を受けてしまったことを後悔するようになった。


 冬一郎くんと陸定くんでは、魅力に差がありすぎたのだ。


 冬一郎くんが先に告白してくれたら、陸定くんと付き合うことなどなかった。


 陸定くんとは、ただの幼馴染のまま推移し、やがては疎遠になっていっただろう。


 しかし、冬一郎くんと恋人どうしになったとはいうものの、陸定ちゃんとも恋人どうしのまま。


 わたしはこれから陸定ちゃんと別れるという面倒なイベントをこなさなければならない。


 陸定ちゃんが、わたしと別れたくないと言ったら、わたしは別れることを躊躇してしまうような気がする。


 それは避けたい。


 わたしは、明日、冬一郎くんと、陸定ちゃんとの別れ方について相談することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る