第47話 友達になることを受け入れるわたし (春百合・蒼乃サイド)

 一瞬、陸定ちゃんとの今までの楽しい思い出が、心の中に浮かんでくる。


 しかし、この目の前にいる池好くんは、そういう思い出を心の底にしまうことができるほど、わたしにとっては魅力的な人だ。


 陸定ちゃんとこのまま恋人どうしでいたいし、池好くんと恋人どうしにもなりたい。


 ああ、悩む。


 わたしはどうすればいいんだろう……。


 わたしが黙っていると、池好くんは、


「ごめん。ちょっと結論を急ぎ過ぎたようだね。今日返事は求めない。俺は今日、きみと話ができただけでも満足している。でも俺との付き合いを検討してもらえるとありがたい。まずは友達ということで、メールアドレスや電話番号といった、連絡先の交換をお願いしたいと思うけど、特に嫌じゃないよね」


 と言ってきた。


 わたしはホッとするとともに、連絡先の交換ぐらいならいいか、と思った。


 友達ということなら、浮気にはならないからだ。


 当時はルインがなかったので、メールでのやり取りが中心になりそうだった。


 連絡先の交換が終わると、池好くんは、


「友達として、今度の休日、高級レストランで一緒に夜、食事をしたいと思うのだけど、都合はどうかな?」


 と聞いてきた。


 池好くんのこの「友達」という言葉は、池好くんと一緒に行動する敷居を下げるものだった。


 冷静に考えれば、デートの一種と言うことになるのだが、この時点でのわたしは、頭が回っていなかった。


 池好くんに「恋人」として誘われたら、陸定ちゃんに遠慮する必要があって、そこまで心が沸き立つことはなかっただろう。


 しかし、「友達」としての誘いだったので、陸定ちゃんに遠慮する必要が、わたしの中ではなくなった。


「池好くんに誘われた」


 という言葉だけが。わたしの中で増幅し、心を沸き立たせていく。


 そして、


「高級レストランで食事」


 という言葉が、わたしの期待を高めていく。


 わたしは、


「誘っていただいてありがとう、そのお誘い、受けさせていただきたいと思います」


 と少し恥ずかしくなりながら言った。


「うれしい。俺、今まで生きてきた中で、一番うれしいことかもしれない」


 池好くんは満面の笑みになる。


 喜びかたが少し大げさかもしれないと思った。


 でも、わたしとの食事を楽しみにしてくれるのは、わたしとしてもうれしい。


 こうして、池好くんとわたしは、休日の夕方、高級レストランで食事をすることになった。


 陸定ちゃんには、その日の夕方、友達と出かけるという話をしておいた。


 午前中は陸定ちゃんの家の家事を手伝い、その後、出かけることになる。


 わたしたちは、ただの幼馴染の頃もそうだったが、恋人になってからも、お互いの行動についての束縛はあまりしないという方針をとっていた。


 今回も、陸定ちゃんは、特に何も言うことはなかった。


 友達の女性と、夕方から夜にかけて一緒に出かけることは、これまでもあったからだ。


 そして、休日がやってきた。


 わたしは、出かける前に念入りに体を洗った後、おしゃれな服を着て、池好くんと待ち合わせている場所の駅前に向かった。


 陸定ちゃんとデートとした時も着たことのない、素敵な服だ。


 その場所には既に池好くんが来ていた。


「おお、今日のきみは、なんと素敵なんだろう。この世の中で一番美しくて素敵な女性と俺はこれからデートができる。これほど幸せなことはない」


 うっとりした表情でわたしを見る池好くん。


 わたしの方も、素敵な服にその身を包んだ池好くんに、うっとりするのだった。


 しばしお互いそうしていたのだったが、


「このまま春里さんの美しい姿を堪能したいけど、そろそろ行かなければならないんだ」


 と池好くんは言う。


 わたしは我に返り。


「ごめんなさい。わたし、池好くんの容姿にうっとりとしていました」


 と少し恥ずかしい気持ちになりながら言った。


「そう言われるとうれしい」


 池好くんも少し恥ずかしそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る