第25話 声
「浜海ちゃん、それは褒めすぎだと思う。わたしはそれほどの人間じゃないと思う」
こうして、自分のことを誇らないところもいいところだ。
「わたしは、浜海ちゃんの方こそ高い人間性を持っていると思っているの」
「それは、春百合ちゃんの買いかぶりだと思う」
春百合ちゃんのことを嫌に思っていた人間が、優れた人間性を持っているとはいえないだろう。
「そんなことはないわ。浜海ちゃんはわたしにとって、素敵な人」
春百合ちゃんは、そう言って微笑むと、話を続ける。
「話の方はもとに戻すけど、この世で浜海ちゃんに大きな迷惑をかけた記憶がないのに、これだけ浜海ちゃんに申し訳ない気持ちになるのは、わたしの単なる妄想ではなく、前世での話だと思うのが一番しっくりくるような気がするの。後はその細かいところが思い出せればいいと思うんだけど、それが思い出せない。思い出せたら、浜海ちゃんには、心の底から謝らなければならない気がしているの」
俺は春百合ちゃんの話を聞いている内に、もしかすると、俺が春百合ちゃんのことを嫌な存在に思っていたのは、前世でのことが原因ではないか、という気持ちが湧き出してきた。
俺が生まれてから、そういうことを思うのは、これが初めてだ。
傍から見ていると、それこそ荒唐無稽な話に思えるが、俺の方にも、物心が付いた時から今まで、春百合ちゃんから大きな迷惑をかけられたという記憶がない以上、可能性としてはありそうな気がだんだんしてきていた。
「俺も春百合ちゃんの言っていることは少しずつ理解をしてきた。春百合ちゃんの言う通り、前世というものが存在しているのであれば、説明ができるところはあると思う」
「浜海ちゃんが少しでも理解をしてくれるとわたしとしてもありがたい」
「でもわからないのが、俺が春百合ちゃんにどういう大きな迷惑をかけられたのか、ということなんだ。俺は春百合ちゃんの幼馴染だけど、春百合ちゃんの全部を理解しているつもりはない。理解していない部分も。それなりにあると思う。それでも、今まで生きてきた春百合ちゃんは、俺に小さな迷惑もかけるよう存在ではないことは理解している。人間の性格はそう変化するものではないと思うので、今の性格からすると、前世でも俺に小さな迷惑さえもしたとは到底思えないんだ」
これだけ春百合ちゃんのことを評価してしても、心の底には嫌な思いがどうしてもある俺。
そういう自分が嫌になってくるところはある。
「浜海ちゃんがわたしのことを理解してくれているのはうれしい。ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。春百合ちゃんは前世でも俺に迷惑をかけるような性格はしていないだろうと思っただけだ」
「それがうれしいことなの。わたしのことを理解してくれているから、そう言ってくれているのだと思う」
春百合ちゃんは、ちょっと涙声になっていた。
俺はこうして春百合ちゃんと話をしている内に、春百合ちゃんへの嫌な思いが、やっと弱まり始めてきた気がする。
そして、少し胸が熱くなってきた。
「ただ、春百合ちゃんが俺に迷惑をかける人ではないと理解しているからこそ、春百合ちゃんがそこまで俺に大きな迷惑をかけたと思ってしまっている理由は、より一層わからなくなった気がする」
俺がそう言った後、
「里島さん、ここにいたんだね! 会いたかった!」
という声が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます