第24話 前世という言葉

 俺は春百合ちゃんに大きな迷惑をかけられた記憶はない。


 ただでさえ、春百合ちゃんには嫌な思いを持ってきた男だ。


 それでも今まで、春百合ちゃんに話しかけられれば、対応をしていた。


 しかし、迷惑をかけられたら話自体をするのを断るようになり、もっと疎遠になるように動いていたと思う。


 そういうことはなかった。


 ではどういうことなのだろう?


 俺が黙って考えていると、春百合ちゃんは、


「でも、小学校六年生になっても、わたしは浜海ちゃんに大きな迷惑をかけた記憶はないままだった。それまでも浜海ちゃんのことが好きだったわたしだったのだけれど、その頃から理解をしてきたことがあった。それは、わたしが浜海ちゃんのことを愛し、尽くしていく為に生まれてきたのだということ。だとすれば、これからは浜海ちゃんのことを全力で愛し、浜海ちゃんの為に生きていかなければならない。そう思ったわたしは、小学校六年生の春以降、浜海ちゃんに対する恋する気持ちが一気に育っていった。そして、中学校一年生の春以降は、『好き』だけだとわたしの浜海ちゃんへの想いが伝えきれないと思って、『愛している』という言葉で浜海ちゃんにその想いを伝えるようになったの」


 と言った。


 春百合ちゃんの俺に対する「好き」という言葉の意味が、ただの幼馴染から恋する対象に変わったのは、小学校六年生の春頃だということのようだ。


 それは、春百合ちゃんが中学校一年生の春頃から言い始めた、「愛している」という言葉と合わせて、俺に対して強い想いを伝えていくことになる。


 俺もその変化に気付かないわけではなかったが、春百合ちゃんに好意がなかなかもてない俺は、それで特に対応を変える気はなかった。


 ただ、今日、俺に対する春百合ちゃんの熱い想いを聞いていると、小学校六年生の時点で、もう少し春百合ちゃんに心を開くべきだったという気はしてくる。


「ただ、中学校三年生の間も、大きな迷惑をかけたことについては思い出すことができなかったの。また、浜海ちゃんもわたしに興味がないままだった。もしかしたら、中学生になったら、わたしの方を振り向いてくれるんじゃないか、と期待はしていたんだけど、それは無理だった。わたしが一人で思い描いていた願望でしかなかったということね」


 春百合ちゃんは、力なく笑った後、心を整える。


 そして、


「もしかすると、今この世での話ではなくて、前世で浜海ちゃんに大きな迷惑をかけたんじゃないか? と最近思うようになってきたの。信じられない話だとは思うけど」


 と言った。


「前世?」


 想像をしていなかった言葉。


 俺は驚いた。


「いきなりでごめんなさい。でもこの世での記憶がないのだったら、前世で浜海ちゃんに大きな迷惑をかけていた可能性は大きいと思う、思い出すこと自体はできないけど、浜海ちゃんに申し訳ないという意識だけは残ったんだと思う」


「前世というものがあること自体、俺には信じることが難しい。人生はこの一回きりだと思ってきたし、周囲の人々もそう言っている。春百合ちゃんが思っていることは、単なる妄想の可能性がないとも言えない」


「それはそうだよね。普通、前世とか生まれ変わりがあるということは、信じられるものではないもんね……」


 肩を落とす春百合ちゃん。


 俺は少し言い過ぎた気がした。


「いや、前世の存在の可能性がないとは言っていない。その可能性もなくはないと思ってはいるんだ」


「ありがとう。そう言ってくれて。わたし、浜海ちゃんに、『荒唐無稽なことを言っている』と言われたら、どうしよう、と思っていたの」


「それはさすがにない。春百合ちゃんは、俺よりもはるかに優れた人間性を持った人だと思っているんだ」


 俺は春百合ちゃんのことを高く評価している。


 高く評価しているのに、なぜ嫌な存在だと思ってしまうのだろう……。


 改めてそこは思わざるをえないところだ。

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