第23話 春百合ちゃんと向き合う
「わたしは浜海ちゃんのことが好き。好きでたまらないんだけど、好きな理由はないの。物心がついた時から、浜海ちゃんの存在そのものが好きになっていた。そこに浜海ちゃんがいるというだけでよかったの。もちろん幼い時は幼馴染として好きだったのだと思う。でもだんだんそれは恋へと変化していった。今ではもう浜海ちゃんに熱烈な恋をしていると言っていいと思う」
春百合ちゃんは熱を込めてそう言うと、一旦言葉を切った。
そして、続ける。
「ただ、わたしの心の中では、この程度の浜海ちゃんを想う気持ちでは全然足りないという思いが心の底にある。どうも昔、いつのことなのか思い出すことはできないのだけれど、浜海ちゃんに大きな迷惑をかけたことがあった気がしている。多分、浜海ちゃんに会ったばかりの頃で、まだ親しくなる前だったので、思い出すことができないのだろう。そう思っていたのだけれど、そうであるなら、思い出すことができそうな気がしていた。浜海ちゃんの方は。そのことについては、浜海ちゃんの方からは、一度も触れたことがなかった。その理由もわからなかった。そこでわたしは浜海ちゃんに聞いたことがある。浜海ちゃんは覚えていないかもしれないけど、その時浜海ちゃんは、面倒くさそうに、『大きな迷惑をかけられたことはない』と応えていた。でもわたしは、浜海ちゃんに対して大きな迷惑をかけた気がしたならなかった。浜海ちゃんはわたしのことを思いやって、そう言ってくれたのだと思ったの。浜海ちゃんに対する申し訳ない気持ちは、歳を重ねるとともに大きくなっていった。そして、大きな迷惑をかけたことを思い出して、浜海ちゃんにお詫びをしたいという気持ちが、ますますわたしの心の中に湧き上がってきていたの」
春百合ちゃんは先程までと違って、急速に沈んだ口調になってそう言った。
俺に対して、心から申し訳ないという気持ちで言っているようだ。
でも言っている意味がよくわからない。
俺は春百合ちゃんのことを、物心が付き始めたときから。嫌いではなかったのだが、嫌な存在だと思っていた。
しかし、具体的に春百合ちゃんに大きな迷惑をかけられた思い出はない。
『そのことについては、浜海ちゃんの方からは、一度も触れたことはなかった』
と春百合ちゃんは言っていたが、もともと俺の方も記憶がないのだから、そのことに
触れる以前の話だった。
俺が春百合ちゃんに、
『大きな迷惑をかけられたことはない』
と言ったことも、今まで忘れていたくらいだ。
俺にとっては、それほど大切な話ではなかったということだ。
それとも俺が意識していないところで、春百合ちゃんが俺に迷惑をかけたことがあったというのだろうか?
でもそれはさすがにありえないと思う。
しかし、大切なのは、大きな迷惑をかけられたか、かけられなかったか、ということだけではなかった。
春百合ちゃんのことを思うのであれば、こういう話をしてきた時に、もっときちんと向き合うべきだった。
嫌な存在だと思っていたとは言っても、こういう時は、幼馴染として大切に接するべきだったと思う。
でも俺にはそれができなかった。
それどころか、春百合ちゃんには冷たい対応をすることになってしまった。
しかしその時の俺は、春百合ちゃんは俺のような冷たい男より、より一層、魅力のあるやさしい男を恋人にした方がいい、と思っていて、春百合ちゃんへの対応を変えようと思う気持ちは湧いてこなかった。
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