第18話 俺の家に行きたい春百合ちゃん

 俺は今一人で暮らしている。


 三月の下旬までは、両親と暮らしていた。


 しかし、父親がこの四月から地方に転勤することになり、母親もついていくことになった。


 というのも、父親は全くといっていいほど家事ができないからだ。


 とはいっても、母親が父親の赴任についていくほど。両親の仲は良くはなかった。


 小学校低学年の頃から両親の間には、どこか冷たい雰囲気が漂っていた。


 その頃から、「形だけの夫婦」に近づき始めていたのだと思う。


 小学校四年生の頃までは、両親と三人ででかけた記憶はある。


 しかし、小学生五年生以降は全くない。


 そして、小学校五年生以降は「家庭内別居」の状態になっていった。


 それでも、両親の会話は、小学校を卒業するまでは、まだ少しはすることはあった。


 しかし、中学校一年生以降は、会話自体ほとんどなくなっていった。


 俺の家庭内は、こうして冷たい雰囲気に包まれることになってしまった。


 俺の心は痛んでいった。


 少しずつその状況は受け入れていったものの、もう一度、両親には、仲がいい状態に戻ってほしいと思っていた。


 他の三人のそれぞれの両親たちの仲はいいと聞いていた。


 そして、俺がそれぞれの家に行った時もそれは感じていた。


 俺は三人のことが、その点ではうらやましいと思う。


 しかし、父親の赴任が決まってからは、両親の間で話し合いが行われたのだろう。


 仲がいいというところまでには戻ってはないが、かなりの部分で仲は改善されたようだ。


 そして、母親は、


「浜海は、家事ができるから、お母さんがいなくても大丈夫よね、あなたのことも心配だけど、お父さんは家事が全くできないから、もっと心配になってしまうの。あなたには申し訳ないけど、お父さんのところに一緒に行くことにする」


 と俺に言った。


 母親が言う通り、俺は、小学校低学年の頃から、母親の家事を手伝っていたので、家事全般はできるようになっている。


 自慢じゃないが、小学校一年生からの積み重ねなので、料理もそれなりにおいしいものを作ることができる。


 大七郎と寿屋子ちゃんが付き合いだす前までは、三人が俺の家にきて遊ぶことがあった。


 その時、俺は手料理をふるまうことが多かった。


 既に小学校一年生の頃から、それほどレパートリーは多くなかったが。自分で作るようになっていた。


 今はレパートリーも増えてきている。


 三人はいつも口々に。


「おいしい」


 と言って喜んでくれた。


 特に春百合ちゃんは満面の笑みで応えてくれていた。


 俺は、この春百合ちゃんの笑顔は素敵だと思っていた。


 家事はこなすことはできるのだが、全部ということになると、勉強中心の生活になっているので、ギャルゲーの時間をさらに減らさなければならなかった。


 これは避けたいと思っていたが、この状況では仕方がない。


 ただ一方では、自由が得られるということでもあった。


 高校一年生でその自由が得られるということ。


 それは俺にとって、決してマイナスではないと思った。


 また父親の赴任先に母親がついていくことによって、その仲がさらに改善されるのであれば、そのことも俺にとってはプラスになる。


 両親の仲が悪くなったことにより、家庭内の雰囲気が悪くなったことによって、俺は心を痛めてしまっていたからだ。


 最近はだいぶ慣れてきて、痛みは弱くなってきてはいた。


 しかし、つらいものであることには変わりはなかった。


 その心の痛みからも解放されそうだ。


 俺は母親の意見に従い、一人で住むことに決めた。


 最初は面倒だと思うことが多かったが、ようやく効率よくこなせるようになってきた。


 そういう一人暮らしの俺の家に、春百合ちゃんは行きたいと言っている。


「春百合ちゃんの言うことは。わからないわけじゃないんだ。でも、俺たちは幼馴染だとはいっても、付き合っているわけじゃない。付き合っていない今の状態だと、春百合ちゃんを家にいれるのは難しいと思う。俺の方に抵抗があるのは、春百合ちゃんの言う通りだ」


 普通であれば、これほどの美少女になった子が自分の家にきてくれると言えば、即座にOKをすると思う。


 そして、うれしく思うだろうし、いろいろと夢想してしまうことだろう。


 しかし、春百合ちゃんを家に入れることには、抵抗がどうしてもある。


 春百合ちゃんは、


「浜海ちゃんがそう言うなら仕方がないと思う。浜海ちゃんとわたしは、ただの幼馴染でしかないもんね……」


 と悲しそうな表情になる。


 しかし、すぐに切り替えて、


「浜海ちゃんの家に行くのがだめなら、幼い頃よく遊んだ公園で話をしたいんだけど、どうかしら?」


 と俺に聞いてきた。

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