第16話 寝取られるという言葉の重み

 俺は中学校三年生の秋になると少しホッとしていた。


 春百合ちゃんと俺がつり合っていないと言う人たちは、少数になってきていたからだ。


 春百合ちゃんに告白する男は、中学校三年生の春以降も増え続けていた。


 俺は。相変わらず春百合ちゃんと付き合おうとしないので、あきらめずに、二度以上告白する男も出てきていた。


 でも春百合ちゃんはその度に丁重に断る。


 恋人はいないままだった。


 俺がもし今の時点で春百合ちゃんと付き合うとする。


 最初の内は、今の様子からすると、春百合ちゃんは俺にラブラブだと思う。


 しかし、いずれは春百合ちゃんの前に、俺のライバルとなる男が登場してくるだろう。


 その男は、俺よりも魅力的で、春百合ちゃんにふさわしい男だと思う。


 春百合ちゃんはたちまちの内に、その男に心が動いてしまう。


 そして、春百合ちゃんは俺と別れ、その男の恋人になってしまうのだ……。


 そう思ってくると、


「好きな人を寝取られる」


 という言葉の重みが俺にのしかかってくる。


 好きで、付き合っていて、恋人として過ごしてきた人を奪われてしまう。


 キスやそれ以上のことをその相手としてしまう。


 それが寝とられた方の心を壊してしまうほどのものであることは、まだそういう経験はしたことはないとは言っても、想像するだけでも理解できる。


 いや、心の奥底では、昔、そういう経験をしているので、二度とそういうつらく苦しい思いはしたくないという気持ちが強くある。


 俺はこれから高校生になるので、そういうことがあったとしたら、今までの中学生の時、もしくは小学生の時になるわけだが、いずれも女性と付き合った経験はないので、寝取られたこともない。


 どうしてこういう思いが心の底にあるのだろう?


 人生は一度きりのもののはずなのに……。


 俺のただの妄想かもしれない。


 そう思わざるをえない。


 しかし、妄想かもしれないが、「寝取られる」という言葉の重みは、俺の心の中でどんどん大きくなってくる。


 そのことにより、つらくて苦しい思いをするのは嫌だ。


 そういう思いをしない為には、春百合ちゃんとはこのまま距離を取り続けた方がいい。


 俺は春百合ちゃんのことを嫌な存在だとは思っている。


 しかし、春百合ちゃんの幸せは願っている。


 このままただの幼馴染のままで過ごし、やがて、春百合ちゃんにふさわしい男性と結婚していけばいい。


 それが、春百合ちゃんにとって一番幸せなことだ。


 俺はそう思っていた。




 ここまで俺は、自分の人生を思い出してきた。


 俺たち四人は、同じ高校に入学し、これから高校生活が始まろうとしている。


 中学校三年生の終了時点で、俺と大七郎は相変わらず仲が良かった。


 寿屋子ちゃんとは大七郎が一緒にいる時はそれなりに話をしていた。


 ただ、依然として、春百合ちゃんとの関係に変化はないまま。


 この状態がこれからも続くのだろうか?


 大七郎と寿屋子ちゃんと俺の関係は、多分このまま続くと思う。


 大七郎と寿屋子ちゃんは、ケンカも続くとは思うが、もっとラブラブになっていくだろう。


 春百合ちゃんと俺は、現状維持でいくしかないだろうなあ……。


 そう思っていると、


「お前もこっちに来いよ!」


 と大七郎が俺を呼んでくる。


 俺は桜の木の下にあるベンチに集まろうとする三人に合流すべく、歩きだした。

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