第10話 転機
春百合ちゃんの方は、俺との距離を縮めようとしていた。
幼稚園の頃から、
「わたし、浜海ちゃんのことが好き」
と毎日のように言ってきていた春百合ちゃん。
とはいっても、それまでは、恋愛としての「好き」ではなく、まだ幼馴染としての
「好き」という意味のようだった。
あいさつの一環だと思っていたので、特にうれしいという気持ちはなく、それに対して返事をすることはなかった。
春百合ちゃんの好意を理解はしていたが、それに応えることはないままだった。
しかし、小学校高学年になってくると、だんだん恋愛としての「好き」に変化してきているように思うようになってきた。
ただ「告白」というところまでは、まだ到達してはいなかった。
俺が春百合ちゃんとの距離を縮めたくはないことを春百合ちゃんも理解しているようだ。
もし俺が告白を断ったら、今までの幼馴染としての関係が壊れるかもしれない。
そのことを危惧しているようだった。
今までの俺の春百合ちゃんへの対応からすると、そう思うのは当然だと思う。
春百合ちゃんは俺に好意を持っているのだから、俺の方が距離を縮めていけば、相思相愛になることができるかもしれない。
そのことを理解できるのであれば、もう少し春百合ちゃんに対する対応を柔らかいものにできないのだろうか、と自分ででも思う。
しかし、春百合ちゃんに対する嫌な思いが勝ってしまい、依然として心の距離は離れたまま。
大七郎と寿屋子ちゃんも、俺と春百合ちゃんとの距離が遠いことを気にしていて、四人で遊んでいるときも、それとなく距離を縮めるように気を使ってくれていた。
その二人の好意を理解はしていたので、四人で遊んでいる時は、なるべく春百合ちゃんに対して、俺が持っている嫌な気持ちは出さないようにしていた。
しかし、二人が気を使ってくれていても、俺の方からは、積極的に距離を縮めることはしなかった。
いや、縮めたいという気持ちが全くなかったわけではない。
気持ちはあることはあったのだが、嫌に思う気持ちの方が依然として上回っていた。
とはいうものの、こうして四人で過ごしていけば、いずれ、春百合ちゃんに対しても好意を持てるようになるのではないかと思うこともあった。
中学生になれば、春百合ちゃんに対する嫌な思いが少しずつ薄まっていくかもしれないという期待を持っていたからだ。
また、中学生になって、春百合ちゃんは、俺に月一回ではあるものの、お昼休みのお弁当を作ってくれるようになった。
春百合ちゃんの方は、毎日作りたかったようなのだが、俺の方から断った。
お弁当はおいしいとは思ったのだが、毎日作るようになると、春百合ちゃんの負担になっていくし、嫌に思う気持ちが逆に強くなるかもしれない。
それは避けたいという気持ちが強かった。
ある程度春百合ちゃんとの距離を縮めるということであれば、月一回でいいと思っていた。
しかし、中学生二年生の秋になり。転機が訪れる。
大七郎と寿屋子ちゃんのカップルが成立したのだ。
大七郎と寿屋子ちゃんは、いずれ相思相愛になるだろうと思っていた。
しかし、それは高校生になってからだと思っていた。
幼馴染が恋人どうしになるのは難しいところがあり、もしなれたとしても時間がかかるという話を聞いたことがあるからだ。
想像以上に二人の仲は進んでいたのだった。
ケンカは相変わらず多いが、二人の仲は少しずつ睦まじくなっていった。
俺は二人に対して遠慮するべきだと思った。
春百合ちゃんも同じ思いだったようだ。
それ以降、大七郎が四人で遊ぼうと言っても断るようになった。
大七郎とはその後も友達として話すことは多かったが、寿屋子ちゃんと話すことは、大七郎が一緒においる時以外は全くといっていいほどなくなった。
春百合ちゃんと俺はどうだったのかというと。
大七郎と寿屋子ちゃんが付き合いを始めてから、春百合ちゃんの対応は、変化をし始めた。
「わたし、浜海ちゃんのことが好き」
と言ってくるところは変わっていない。
しかし、その言葉に俺を恋する気持ちがより一層込められてきている気がしていた。
俺はなるべくそのことを思わないようにしてきた。
春百合ちゃんの方も、告白をしてくることはなかった。
幼馴染ではあるが、心の距離は縮まらないまま、中学生の時代は過ぎていった。
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