第6話 幼馴染への想い
蒼乃ちゃんと会うことがもう無駄でしかないことは、自分でもよくわかっていた。
俺が蒼乃ちゃんのことをあきらめていないと言ったとしても、池好への想いをさらに強くするだけだ。
俺のみじめさがより一層大きくなるだけだろう。
とはいっても、何も蒼乃ちゃんに伝えないで、このままこの世を去るのはあまりにも悲しい。
そこで、俺は蒼乃ちゃんに対して、手紙を残そうと思った。
今は池好に夢中で俺のことを思い返す余裕はないだろうし、手紙が届いても呼んでくれることはないだろう。
しかし、いずれ池好への愛が弱くなる時がくるだろう。
その時にでも読んでもらえるとありがたい。
それだけでいいとは決して思わない。
本音では今すぐ蒼乃ちゃんと恋人どうしに戻りたい。
でも俺はもう生命が終わってしまうところまできている。
贅沢は言えない立場だ。
俺は先程思っていた内容で、蒼乃ちゃんに対する手紙を書いた。
池好のことは一切書いていない。
蒼乃ちゃんのことを大切に思っていて、あきらめていないということを書いた。
そして、封筒に入れ、母親に、
「俺がこの世を去った後、もし渡す機会があったら、この手紙を蒼乃ちゃんに渡してほしい」
とお願いをしておいた。
母親は、
「会わなくていいの?」
と涙を流しながら言ったが、俺は断った。
「心と体に大きな打撃を受けた」
とは言わなかったが、
「蒼乃ちゃんに振られてしまった」
ということは言った。
そして、
「彼女は新しい恋人がいるので、ここに来てもらうのは迷惑にしかならない。その為、会うのは断ることにした」
という話をした。
母親は俺の言う通りにして、蒼乃ちゃんを病院に呼ぶことはなかった。
俺は母親には言わないまま過ぎていったが、蒼乃ちゃんに振られて心と体に大きな打撃を受けたことは、だんだん理解をしていったようだった。
そして、入院からわずか五日後、蒼乃ちゃんに振られてからは一週間後に、俺はこの世を去ることになる。
その時、俺のそばにいたのは、別居していた両親だけ。
蒼乃ちゃんはそばにはいなかった。
それは、俺自身が望んでいなかったのだから仕方がない。
でも寂しさはどうしてもある。
幼馴染で一緒に成長し、恋人どうしにまでなった俺たち。
結婚というところも想い描いていた俺。
そのすべてが壊れてしまったのだ。
俺は今の今まで、来世があるとは思っていなかった。
この世がすべてだと思っていた。
しかし、この世を去る時になって、少しだけ来世というものがあるということを信じたくなってきた。
もし来世があれば、今度は、
「俺のことだけを思ってくれる人と結婚したい」
と思った。
そのことをお祈りしようと思った。
最初は、蒼乃ちゃんと一緒に生まれ変わって、蒼乃ちゃんは今世のように俺以外の男性に心を動かされることなく、俺のことだけを思ってほしいという意味だった。
しかし、今世で、蒼乃ちゃんが池好に寝取られてしまったということは、大きな心の傷になってしまっている。
俺の想像以上に、心の底では蒼乃ちゃんに対する怒りや憎しみが強い。
二人だけの世界に入ってしまったということで、大幅に増幅されてしまっている。
俺はできれば穏やかな心で、最期を迎えたかった。
しかし、怒りや憎しみを抑えようとしても、心が沸き立ってきて、コントロールが難しい。
この世を去る時が近づいているのだろう。
ますます心のコントロールが難しくなっていた。
せめて、俺のことを振る時に、
「わたしは冬一郎くんを選んだ。でも陸定ちゃんとの幼い頃の思い出はこれからも大切にしていきたいと思う」
という言葉がほしかった。
それだけでいい。
その言葉だけでもあれば、怒りや憎しみを抑え、心をコントロールしていくことができたと思っている。
そして、俺は病気にはならなかっただろう。
でもそれは無理な話だった。
池好に心を奪われている蒼乃ちゃんが、俺の気持ちなど思いやってくれるわけがない。
今、ここに蒼乃ちゃんが来たとしても、形だけのお見舞いの言葉を言うだけだ。
俺をいたわる言葉を言うことはないだろう。
蒼乃ちゃんの心はそれだけ池好に傾いてしまっている。
そう思うと、涙が出てきた。
お祈りに集中しようとするのだが、できない状態が続く。
そこで、俺は、蒼乃ちゃんにこだわらないようにした。
「俺のことだけを思ってくれる女性」
ここが大切なところだ。
別にその女性が蒼乃ちゃんである必要はない。
そう思うようになった時、ようやく俺の心は、穏やかなものになってきた。
俺は、
「もし来世というものがあるということでしたら、今度は、俺のことだけを思ってくれる素敵な女性と結婚したいです。よろしくお願いします」
と一生懸命お祈りをした。
来世では、蒼乃ちゃんにはこだわらず、そういう女性と結婚して一緒に幸せになっていきたいと思っていた。
病気で苦しい中、意識がなくなり、この世を去る時まで俺はお祈りを続けていた。
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