第5話 あきらめることのできない俺

 俺の病状は悪化していく。


 つらくて、苦しい。


 俺の生命もこれまでだ……。


 悔しい気持ちはあるが、運命に逆らうことはできそうもない。


 俺は病状が小康状態になった時、俺は蒼乃ちゃんのことを改めて思っていた。


 蒼乃ちゃんが池好に寝取られてしまったことにより、心も体も壊れてしまった俺。


 蒼乃ちゃんに対しては、怒りと憎しみの気持ちは強い。


 悔しくてたまらないところもある。


 しかし、一方では、長年幼馴染として過ごしてきたので、楽しい思い出も数多い。


 この思い出が、生命の終わりを迎えるに際して、だんだん俺の心の中を占め始めていた。


 この二つの相反する思いがより一層俺を苦しめる。


 結局のところ、俺は蒼乃ちゃんのことが好きなままだし、あきらめることはできなかった。


 そして、蒼乃ちゃんの今後のことが心配になっていた。


 池好はイケメンなのでモテる。


 蒼乃ちゃんと付き合う前に、何人もの女性と付き合っていたという噂があった。


 そして、その女性たちに対して、


「お前には飽きた。もう恋人としても扱いはできない」


 と言って、恋人どうしではなくなったらしい。


 その後、蒼乃ちゃんに告白して、ラブラブカップルになっていくのだが……・


 蒼乃ちゃんと付き合っている今でも、その女性たちとの関係は遊び友達として続いているという噂を聞いていた。


 池好自身は、蒼乃ちゃん一筋だと言っている。


 その女性たちの扱いを恋人に戻す気はないのだろう。


 蒼乃ちゃんもその言葉を信じている。


 だからこそ、蒼乃ちゃんも池好の告白を受け入れたのだろう。


 しかし、その付き合っていた女性たちは、恋人に戻るのをあきらめていないようなので、巻き返しを図ってくれば、いずれ修羅場になってしまう可能性はある。


 蒼乃ちゃんはつらい思いをするだろうし、池好に愛想をつかす可能性もある。


 また、池好はそうした女性遍歴があるので、蒼乃ちゃんに飽きてしまい、新しい女性を恋人にして、蒼乃ちゃんを遊び友達にしてしまう可能性も強い。


 そうなれば、さらに激しい修羅場となってしまう。


 蒼乃ちゃんはより一層心に傷を負ってしまうと思うし、池好に愛想をつかす可能性はより大きくなっていくだろう。


 いずれにしても、蒼乃ちゃんは池好と今はラブラブだが、修羅場に巻き込まれてしまって、結婚いうところまではたどりつけそうもない。


 俺とこのまま付き合ってくれたら、幸せ結婚ができたのに、と思う。


 でもそれはかなわなかった。


 それが悔しくてたまらない。


 俺は蒼乃ちゃんに、このまま池好と付き合っても、今まで俺が思ってきたようなつらいことが待っているということを伝えたかった。


 池好を選択した蒼乃ちゃんに対する憎しみは強いが、それ以上の蒼乃ちゃんの幸せを俺は願っているのだ。


 しかし、そのことを伝える機会はもう永遠に失われたといっていい。


 俺自身が、蒼乃ちゃんとはもう会う気力がない。


 入院した当初は、怒りと憎しみで会いたくないと思っていたのだが、今はもう会う気力自体がなくなるほど、心も体も衰弱していたのだ。


 もし気力はある程度残っていた状態で蒼乃ちゃんと会えてそのことを伝えられたとしても、池好に心を奪われているので、聞き入れられそうもない。


 それどころか、ただの嫉妬として片付けられてしまうだろう。


 池好についての話題は、どんなものであっても、蒼乃ちゃんの池好を想う気持ちを強くさせる効果しかない。


 それならば、せめて、


「俺が蒼乃ちゃんのことを幼馴染として大切な存在だと思っていること」


「振られてしまったとはいうものの恋人として大切に想っていたこと」


「まだ蒼乃ちゃんのことをあきらめてはいないこと」


 ということは、蒼乃ちゃんに伝えておきたいと思った。


 そうすれば、蒼乃ちゃんに俺の気持ちは伝わるはず。


 俺はそれだけでも伝えておきたいと思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る