第9話

あれから何日か経った。菜摘は1回も公園に来ることは無かった。部活の時、学校で一緒の日はあっても、会話をしたりするタイミングは無かった。部活の時はそれでも俺はバスケに夢中であまり気にならなかったが、公園では少し寂しい気持ちになった。やっぱり、菜摘は別に俺のこと特に何とも思ってないのかな。

今日も俺は部活の後、いつも通り公園に来ていた。菜摘のことは忘れよう。夏休みも、もう残り少ない。今のうちに練習しないと。今日はまずドリブルの練習をする。その場で左右交互に強く、早くドリブルをする。その次は膝を伸ばし、高い位置で、その次は膝を思いっきり曲げて地面すれすれの位置で突く。この高低差のあるドリブルは意外と難しい。特に地面すれすれで突くのは上手くいかないとボールが弾まず、止まってしまう。その次はクロスオーバー、レッグスルー、バックチェンジとやっていく。この辺は見せられる技でもあるので、練習していて楽しい。この辺はその場ではかなりできるようになった。だが実践でミスしない様、欠かさず練習する様にしている。20分ほど経ち、一旦休憩。その後、ドリブルをしてからのシュート練習。この練習ではさっきやったドリブルの技を入れての練習。動きながらではまだバックチェンジでミスが出る。なかなか動きながらは難しい。実戦ではボールを見ながらドリブルはするなと顧問に言われた。理由は顔をあげ、ディフェンスの動きを見たり、パスできる味方がいるか把握するためだ。正直まだずっとは顔を上げられない。なかなか先は長そうだ。でも楽しい。気づいたら40分ほど経っていた。今は夜の7時前。あと1時間くらいか。また一旦休憩する事にし、ベンチに座る。自販機で買ったコーラを飲んでいたら、誰かが公園に入ってくるのが見えた。俺はすぐにわかった。練習していたのもあるが、さらに少し鼓動が早くなる。俺と同じ学年のオレンジのラインの入ったジャージ、遠くからでも分かる綺麗な黒髪のショートカットヘアーに大きくて綺麗な目。菜摘だ。たぶん、間違いないはず。なぜか俺は絶対菜摘だと思った。どことなく、他の誰とも違う雰囲気が菜摘には感じるからだ。菜摘はこっちに向かって来ているが横を向いたり下を向いたりしてこっちを見ない。なんでだ?なんか変な風になってるぞ?俺はそのまま菜摘をずっと見ていた。5メートルくらいの距離まで来たところで、菜摘はこっちを見た。目が合う。その瞬間、俺は完全に緊張してしまった。近くで見ると、より菜摘のかわいさが増すからだ。何を話せばいいか、緊張で完全に思考が止まってしまった。なぜか菜摘も無言で俺と目が合った後、横を向いてしまった。なんだこの空気。周りから見てもあいつら何してんだ?って思われるだろう。菜摘は話してくる気配が無い。俺が話しかけないと。それにやっと会えた。会いたかった。それは絶対伝えないと。

「こんばんは。」なぜか出た言葉はこれだった。小説に出てくるお嬢さんみたいになってしまった。普通、中学生はもっと軽い感じで話しかけるだろう。恥ずかしい。すると菜摘はこっちを見た。「こんばんは。」と言いながら少し笑っていた。やっぱりちょっと変に思われたんだろう。くそっ、俺。「久しぶりだね、また散歩?」なるべく自然に喋る様気をつけて話す。「散歩、では無いかな?優がいるかなと思ってここに来たよ。」と菜摘が言う。待って待って。特に意味はないと思うけど、その言い方ずるい。顔が熱い。「そうなんだ。正解だったね。まあちなみに俺は毎日いたけどね。」「やっぱり?そうかなって思ってたけど。流石に次の日また来たら、また来た!って優に思われそうだから間を空けました。」と笑いながら言う。いちいち可愛いな、この子は本当に。でも、菜摘も来ようと思ってたんだと思うとすごい嬉しくなった。次の日でも、俺は全然嬉しいのに。たぶんまた来たって思うだろうけど。俺は緊張より菜摘と話したい思いの方が大きくなっていた。「俺は次の日でも嬉しかったのに。また会いたいなって思ってたし。」素直に、嘘偽りのない本心が自然と出た。「また会えて嬉しい。」続けて俺は言う。すると菜摘は気のせいか、少し顔が赤くなった気がした。「それは良かった。でも他の女の子にもそういう感じなの?」と菜摘は横を向いて言う。どういう事だ?そういう感じってどういう感じだ?「よく分かんないけど、女子と学校以外で会ったこと無いし、どうだろう。」菜摘はなんとも言えない顔で「ふーんっ。」とだけ言った。なんだ?よく分からないな。菜摘から特に次の言葉が無い。なんか変なこと言ったかな?でもとりあえずまだ帰って欲しくない。「立ち話もあれだし、座る?」とちょっとボケて言ってみた。菜摘は笑っていた。「何そのおばちゃんみたいな言い方。」と言いながら隣に座った。良かった。ウケた。でも隣に座るとかなり近い。こんな近くで女子と話した事無い気がする。やばい、また緊張してきた。お互い、話題を出さず少し沈黙の時間が流れる。何か喋らないと。「菜摘は学校楽しい?」と当たり障りない話題を振る。「うーん、まだ話したことない人も多いけど、それなりに楽しいよ。何人か仲良い友達もできたし。」と菜摘は言う。まあ、まだ入学して半年も経ってないし、そんな感じだよな。「優は?学校楽しい?」「楽しいよ。友達もそれなりにできたし、それにバスケするのが楽しすぎる。」と俺は言う。「本当にバスケ好きなんだね。良くこんな夜まで練習できるね。」「早く試合に出たいし、みんなに負けたくないからね。」「負けず嫌いなんだね、優は。」「でも、男はみんなそんなもんじゃない?」「でもこんな時間までひとりで練習してるのは偉いと思うよ。」なんだか俺は褒められた気がして 、嬉しかった。菜摘は優しい顔をしている。「そ、そうかな。じゃあこれからもっと頑張るから、菜摘はちゃんと俺の活躍見ててね。」まだまだ先輩たちには敵わないが、菜摘に見てて欲しい。そう思って つい口に出てしまった。菜摘は少し間を開けて言う。「いいよ。そのかわりかっこ悪かったら見ててあげないからね。」と菜摘は少しいたずらっぽい笑顔で言う。菜摘のその返事が、きっとお世辞みたいな返事ではないと俺は感じて嬉しかった。「大丈夫、俺、かっこ悪い事なんて無いから。菜摘こそ俺がかっこ良すぎて好きになっても知らないからね。」と俺は冗談を言う。「なにそれ!」菜摘は笑っていた。笑うと大きい目が閉じていてなんだか幼く見えて、その姿もかわいい。「ちゃんと見てるから、頑張ってね。」俺はその言葉を聞いて、嬉しさからか、顔が熱くなり、鼓動も早くなっていた。「うん。約束。」「約束。」

「じゃあそろそろ帰る?」と俺は言った。「そうだね。」と菜摘が答える。一緒に帰ろう。その言葉が恥ずかしくて出てこない。「また、学校でね。」「うん。またね。」簡単な事なのに、勇気が足りなかった。菜摘は背中を向けて歩いて行った。俺はその背中を見送ることしか、今はできなかった。気のせいか、少しだけ、後ろ姿が悲しそうに見えた。

俺はボールを自転車のカゴに入れ、少し離れた水道に行き、手を洗う。けっこう話したような気もするけど、なんだかあっという間だった。俺の事をみててくれる。その言葉を思い出し、俺はもう少しだけ練習をしてから家に帰った。

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