第7話

夏休みに入った。3年生達は関東大会まで出場と大健闘をし、引退した。先輩達は市の大会からずっと勝つのが当たり前だった。負けて引退となった時は実感が湧かなかったし、相手の学校になんで負けたのかも、まだバスケを始めて日が浅い俺には分からなかった。それから2年生と俺ら1年での部活動がスタートした。俺ら1年も、もう端っこで基礎練では無く、2年生と一緒のメニューをする様になった。一緒にやると、先輩たちとのレベルの差が良く分かった。基本の動きはだいぶ慣れたが、まだまだ先輩たちのプレーの精度には差があった。負けたくない、追いつきたいと、俺はますますバスケに夢中になった。

夏休みでも相変わらず、部活の後は公園で夜までバスケをしていた。たまにプールに行ったり、ゲーセンで遊んだりもしたが、やっぱりバスケが今は1番楽しい。

ある夏休みの日、午後練を終え、ひとりで公園で練習をしていた。基本のプレーは出来るようになった。ならもっと早く、もっと力強く、もっと正確に。引退してしまったが、3年生のキャプテンのプレーは覚えている。少しでも近づける様、常にイメージしていた。3ポイントラインでボールを貰う。フェイクを1、2回入れ、ドリブル。1人は抜いてもすぐにカバーが来る。右手のボールを足の下に突き、左手に持ち替えてカバーを抜く。スピードは落とさずに。そしてそのまま左手でレイアップ。左手でもシュートを外すことはほとんど無くなった。もっと、もっと。プレーの幅を増やさないと。2時間ほどぶっ続けでやっていたので、ベンチで休憩をする事にした。携帯で音楽を聴きながら、ボーッとしていた。時間は夜の8時になっていた。そろそろ帰るか、と思っていたとき、公園の端のベンチに俺らの中学のジャージを着てる子が見えた。ラインの色も俺ら1年の色のオレンジ。同じ学年だ。いつからいたんだろう。そう思って見ていたが、そこにいたのはあの子だった。まだクラスも名前も分からない。いつもなら人見知りで話しかけようと思わないが、なんとなく、今、話しかけるべきだと思った。俺は自転車のカゴにボールを入れ、あの子の方へ行く。俺に気づいたあの子は帰るでもなく、俺の方を見る。「こんな時間に何してるの?」俺はそう話しかけた。「暇だから、散歩してた。この公園のベンチ、なんとなく落ち着くんだ。」とその子は言う。前の時もそうだったのかな?「そうなんだ。家、こっから近いの?」「うーん、歩いて10分くらい。あっちに団地があるの知ってる?あそこがうちだよ。」そうなんだ。良く知らない奴にそこまで教えられるな、と思った。「そうなんだ。よく散歩するの?」と俺が聞くと、少し時間を置いて「うん。」とだけ答えた。微妙な空気が流れる。でも、せっかくだからもっと話したい。俺はそう思って話続ける。「そういえば、ちょくちょく顔は合わせたけど自己紹介してなかったね。俺、優。7組でバスケ部なんだ。」「優、ってどんな字?」「優しいの優。名前通り、優しいってみんなに言われる。」と自分でも恥ずかしいギャグを言ってみた。するとその子は笑った。かわいい。大きくて綺麗な瞳が、笑うと隠れる。「なにそれ。それ、自分で言う?」とその子は言った。「冗談だよ。でも本当に友達に優しいって言われるけど。」なんだか恥ずかしくなって適当にごまかした。「でも、そんな感じする。私は菜摘。」とその子が言った。菜摘。やっと名前が知れた。「クラスは2組。部活はバレー部だよ。」2組、だと隼人と同じクラスだ。いいな、隼人。「バレー部なのは知ってるよ。前、ボール取ってくれたよね。ありがとう。」「覚えてたんだ。いいえ。その前の日もここでボール拾ったよね。」覚えてたんだ。俺はなんだか嬉しくなった。この子に、菜摘に覚えてもらえてたことが嬉しかった。「良く覚えてるね。あれ以来、菜摘のこと知りたかったけど、クラスも分かんないし、公園にもいないから残念だなーって思ってた。」「私も。何組なのかなーって思ってた。でもこの公園は良く通ってたよ。その度にいつも、あ、またあの人いるって思ってた。」と菜摘が少し笑いながら言った。そうだったのか。俺は全く気づいていなかった。話しかけてくれればよかったのに、と少し残念に思った。「そうだったんだ。なら話しかけてくれればよかったのに。」と俺は正直に言ってみた。「でも、優ずうっと練習してるし、迷惑かなって思って。それに、なんて話しかければいいか思いつかなくて。」と菜摘が言う。「まあ、確かにそれもそうか。菜摘も一緒にバスケやる?楽しいよ?」「えー、私やった事ないし、ボール大きくて重そうだから怪我しそう。」「それに、優の練習の邪魔したくないからいいよ。」と菜摘が言った。そんなこと気にしなくていいのに。と思ったが、そこに気を使える優しい子なんだな、と思った。「いや、やったら菜摘も絶対ハマるよ。俺ほぼ毎日ここいるから、気が向いたら来てね。」「わかった。気が向いたらね。」と笑いながら言う。黙っていると、なんとなく高嶺の花って感じだけど、話してみるとよく笑うし、優しい雰囲気の子なんだな、と思った。それにいちいちかわいい。ふと時計を見ると、もう9時前だった。そろそろ帰った方がいいな。菜摘も女の子だし、親が心配するだろう。「そろそろ帰る?もう9時になるし。」というと菜摘は特に慌てるそぶりは無く、少し迷った様なそぶりを見せた後、そうだね、と言って帰る事にした。もっと話したかったが、しょうがない。俺はせめて、またここで会える様にと「いつでもここで待ってるから。またね。」と伝えた。菜摘は今日、1番の笑顔で「うん。またね。」と言った。その笑顔を見て俺はドキドキすると同時に、嬉しくなり、この気持ちがバレない様に自転車の方へ行き、家へ向かった。帰り道も、心臓はずっとうるさく、顔も緩んでいた。そういえば、方向同じだし、途中まで一緒に帰れたよな?やっちまった。女の子をこんな時間に1人で帰すなんて。それに、アドレスも聞いてない。俺は少し落ち込んだが、菜摘の笑顔を思い出し、次は絶対アドレスを聞こうと心に誓った。また、公園で会えるように。

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