第4話

入部してからしばらくが経った。バスケ部は想像していた何倍もハードだった。そもそも男子バスケ部、女子バスケ部、女子バレー部で2つのコートを日毎に交代して使う。例えるなら1日ずっと使える日もあれば、前半、後半と交代で使う日もある。というか交代で使うのがほとんどだ。コートが使えない間は学校の周りをぐるぐると走る。だいたい毎回5キロほど走り、そのあとは腹筋、背筋、腕立て伏せを100回ずつやる。それで時間が空いたらボールを体の周りで回す。ボールハンドリングというらしい。これはボールの扱いに慣れるためで、確かに最初の頃に比べるとボールがどこかに飛んでいくことが減った。ただ、今の俺にはこれを試合中に使うのかは分からなかった。それに外を走る外周、筋トレだけでもヘロヘロだ。時間になって交代するとフロアで練習になる。だいたいこの繰り返し。1日フロアかフロアの後に外、外の後にフロアをローテーションしている。フロアでの練習だが、ほとんど1年は初心者、かえって2、3年はかなりのハイレベル。実際に混ざって練習はほとんど無い。準備運動やパス練、ラントレだけ一緒にやった後はコートの真ん中に細ーく若干のスペースとゴールがあり、そこをひたすら繰り返し走る。またはゴールのボードにボールを当て、1年は列になって走り、そのボードに当てたボールを列になって走ってジャンプしてボードに当て、と口じゃ全く伝わらないがタップというものをしていた。俺は身長も高い方で、コツを掴むとこのタップは楽しかった。そのあとは1年みんなで端っこでドリブル練習をしていた。まあ、初心者だから当然のメニューだが同じフロアには女バスか女バレがいる。チラチラと見られ、少し恥ずかしかった。それでも大切な練習だと言い聞かせて毎日本気で取り組んでいた。だいたい毎日こんな感じ。だが幸い、俺たちの中学の近くにバスケットゴールのある公園があった。俺、遼、伸、成はほぼ毎日部活後にそこでシュートの練習や試合をしていた。「やっぱすぐに上級生と練習ってわけにはいかなかったね。」と遼が言う。唯一の経験者である遼ですら、まだ上級生とは一緒に練習させてもらえていない。

「まあ先輩たち見てると俺らが入ったら絶対邪魔だもんな。」と伸。伸の言う通りだ。思っていた以上に先輩たちとの差は大きい。まず体育館のあの狭さのコートで常に素早く動き続け、俺たちよりもはるかに早い動き、ボールさばきについて行く事は出来ない。それに特に3年生とは筋肉的な方で体の差がある。下手に怪我をさせてしまってはいけない。

「でもやっぱ先輩たちレベル高いよな。同じ学校で一緒にバスケできるんだからありがたいよ。」と俺が言う。初めてのバスケ。何も知らない状態で適当なレベルのとこでやるよりうちみたいにレベルの高いところで学んだ方が絶対にいい。「ほんと、それだよね。俺らももっと頑張ろう。」と遼。成もいるが、どうにも極端に人見知りらしく、未だになかなか話に入ってこない。俺も成とはちゃんと話したことがない気がする。「じゃあ2対2やろうぜ。3ゴール先取で。」と俺がいい、2対2を始める。負けた方の罰ゲームとかは無い。ただ純粋に下手くそなりに試合をするのが楽しかった。こんな日々を繰り返していた。

今日もそんな感じで相変わらず公園で練習。時計は7時になるところ。だいたいみんなこのあたりで帰る。俺はいつもそこから1〜2時間、ひとりで残って練習していた。俺んちは帰りが遅くても親は特に気にしない。兄貴もいつも夜まで遊んでるし。今日はまず1時間、ドリブルからレイアップ、ドリブルからストップしてジャンプシュートの練習。マンガではなかなかイメージできなかったが、俺は3年生のキャプテンをお手本にしていた。あの人は別格にうまい。素早く力強いドリブル、そこから急停止してジャンプ、ジャンプが頂点に達し、少し止まる時、シュートを放つ。俺はキャプテンのそのプレーに憧れていた。身長は同じくらい。俺やキャプテンもそうだが大きい人はだいたいセンターというポジションになり、ゴール下でパスをもらってシュート、というのが多い。スピードよりもパワーやゴール下といういいポジションでの安定したシュートを求められる。逆に背の小さい人はパスやドリブルのうまさが求められる。最初からゴール下にいても背が低いと不利だ。だから自分自身で相手を交わして点を決める力や3ポイントといった遠くからのシュートを求められる。それでもキャプテンは全部できていたし、ドリブルが強みだった。身長があって3ポイントも打ててドリブルもできる。これは相手からしたら驚異だし大きな武器だ。だから俺はキャプテンの様なプレーができるよう、いつも参考にして練習している。シュートの精度はまだまだだが、ドリブルは日に日にミスが減ったし、少しずつスピードも出せる様になった。

3ポイントラインでボールを持つ。ピポットを踏んで相手にフェイクを入れる。そこから一気にゴールに向かって2回、ドリブルで進む。だいたい2回でゴールとの距離はいい感じになる。そこで左、右と足を踏み込んで止め、勢いをジャンプに生かす。最高到達点で止まった瞬間、左手は添えるだけ、右手の手首を返し、シュートを打つ。弧を描いて綺麗なバックスピンがかかったまま、ゴールに吸い込まれる様に入る。シュパッと音がなる。ゴールのリングやボードに当てずにシュートを決めるのなんか無理だ、とマンガを読んだときは思ったが、実際にはこの入り方がほとんどだ。まだ精度は低い。でもこの感覚を忘れない様にひたすら繰り返していた。楽しい。ドリブル、シュート1回1回全部が楽しくて仕方なかった。

「ガコンッ。」さすがに集中力が切れたのかひどいシュートになった。ゴールに弧を描かず、一直線に飛んでいき、そのまま結構なスピードでボールが俺と逆の方へ転がっていった。ああ、やべー、取りに行かないと。息を切らしながら疲れた俺は歩きながらボールの転がっていった方へ向かう。結構疲れたな。俺は足元を見ながら歩いていた。時計を見るともう9時前だった。そろそろ帰るか、と思いながら顔を上げると、俺と同じ中学、同じ学年の色のジャージを着た子がボールを持っていた。やべ、同じ中学の子だ。しかも女の子。だが見覚えのない、初めて見る子だった。俺とは小学校も違うし、クラスも違う。うまく顔が見れず、何て言えばいいのか言葉も出てこない。情けない。とひとりであれこれ考えてる暇は無い。相手の子もこの謎の間にきょとんとしてる。「ごめん、ボール、ありがとう。」と俺は手を出しながら言い、顔を上げた。その子の顔はやけに光が当たって明るく感じた。公園の明かりじゃない。月か?思ったよりもその子との距離は近かった。俺より頭一個分くらい低い背。綺麗な黒髪のショートカット、綺麗な二重に大きい目。今までの女子にはいなかったタイプだった。2、3秒お互い目を合わせて固まっていた。凄く長く感じた。ふとその子が「ああ、はいっ。」と言って俺にポンッとボールを両手で投げた。その女の子特有の仕草が妙に可愛く感じた。「ありがとう。」となぜか俺はもう一度お礼を言っていた。「どういたしまして。」とその子が言う。何か話すべきか、と考えていた。その子もそう思っていたのかまた少しの沈黙の後、その子が口を開いた。「こんな時間まで練習?」と言い少し首を傾げる。可愛い。「そうだよ。早く上手くなりたいし、俺んち帰り遅くても何も言われないから毎日このくらいの時間までいるよ。」と言う。少しその子の眉が動いた。「そうなんだ。偉いね!でも、流石にそろそろ帰らないと心配するよ?」んーまあ確かに9時までには家にいる様にしてたからなーと思う。「もう帰るよ。そっちも気をつけて帰りなよ。」と俺は言った。少し間があった気がしたが「うん。ありがとう。」とその子は言った。そこで会話は終わりの雰囲気だったので俺は自転車を止めているゴールのある方へ戻っていった。最後のありがとうって何だ?と思ったがまあいいや、と思い自転車のカゴにボールを入れ、一度振り返ってみた。もうあの子はいなかった。俺もそのまま自転車に乗り、家に帰る事にした。そういえば名前くらい聞けばよかったなあと思った。でも同じ学校ならすぐ会えるか、と思い、少し楽しみに思いながら家に帰った。

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